有名度
十両稲荷神社
いなりじんじゃ
青森県南津軽郡田舎館村諏訪堂座川口25
青森県南津軽郡田舎館村諏訪堂座川口25

かんたんご利益
- 仕事
稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は青森県南津軽郡田舎館村に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
社伝によれば、天福元年(1233年)の建立である。もとは諏訪大明神をまつっていたが、寛喜年間(1229~1232年)に神が飛び去って所在が分からなくなったため、天福元年(1233年)に大乗坊があらためて神を勧請したことに始まると伝えられている。
貞享4年(1687年)の検地水帳には、諏訪堂村に2社の稲荷社が記録されている。明暦3年(1657年)には二本柳孫右衛門によって社殿が再建され、元禄年間(1688~1704年)からは田舎館組田中集落も氏子に加わり、広く崇敬を集めるようになった。
明治6年(1873年)には大根子村の愛宕神社の相殿へ合祀されたが、その後復社した。さらに明治42年(1909年)8月27日に村社へ列格し、昭和21年(1946年)6月26日に神社本庁へ所属した。昭和25年(1950年)1月31日には、国有境内地250坪1合8勺の譲与を受けている。
境内には末社の稲荷宮をはじめ、馬頭観音や忠魂碑が建つ。また、重量が刻まれた力石群が残されており、地域の歴史と信仰を今に伝えている。
社格は旧村社。
社伝によれば、天福元年(1233年)の建立である。もとは諏訪大明神をまつっていたが、寛喜年間(1229~1232年)に神が飛び去って所在が分からなくなったため、天福元年(1233年)に大乗坊があらためて神を勧請したことに始まると伝えられている。
貞享4年(1687年)の検地水帳には、諏訪堂村に2社の稲荷社が記録されている。明暦3年(1657年)には二本柳孫右衛門によって社殿が再建され、元禄年間(1688~1704年)からは田舎館組田中集落も氏子に加わり、広く崇敬を集めるようになった。
明治6年(1873年)には大根子村の愛宕神社の相殿へ合祀されたが、その後復社した。さらに明治42年(1909年)8月27日に村社へ列格し、昭和21年(1946年)6月26日に神社本庁へ所属した。昭和25年(1950年)1月31日には、国有境内地250坪1合8勺の譲与を受けている。
境内には末社の稲荷宮をはじめ、馬頭観音や忠魂碑が建つ。また、重量が刻まれた力石群が残されており、地域の歴史と信仰を今に伝えている。
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神社詳細
摂末社・境内社
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神紋
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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