有名度
十両稲荷神社
いなりじんじゃ
青森県南津軽郡田舎館村大袋字樋田198
青森県南津軽郡田舎館村大袋字樋田198

かんたんご利益
- 仕事
稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は青森県南津軽郡田舎館村に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂神の1柱をまつる。
創建年代は明らかではない。古くは稲荷宮と称され、元和4年(1618年)に社殿が新たに建立された。以来、大袋村の葛西又右衛門をはじめとする村民によって祭祀が受け継がれてきた。
慶安元年(1648年)、平川の洪水によって社地が川へ崩落したため、社殿は葛西又右衛門の屋敷内へ遷された。延宝9年(1681年)、又右衛門は旧社地への復興を計画したが、再建には長い年月を要し、洪水から98年後の延享3年(1746年)6月、現在地に社殿が再建された。
その後、弘化2年(1845年)5月には葛西勘十郎が祠堂田地1反歩を寄進し、神社の維持に尽力した。しかし、平成23年(2011年)5月27日には拝殿付近から出火し、社殿は全焼している。
境内には嘉暦年間(1326~1329年)に建立された板碑が残る。この板碑は、安藤氏一族の跡目争いによる死者を供養するためのものと伝えられ、人目につかない場所で板碑を撫でると熱病が治るという伝承も語り継がれている。
創建年代は明らかではない。古くは稲荷宮と称され、元和4年(1618年)に社殿が新たに建立された。以来、大袋村の葛西又右衛門をはじめとする村民によって祭祀が受け継がれてきた。
慶安元年(1648年)、平川の洪水によって社地が川へ崩落したため、社殿は葛西又右衛門の屋敷内へ遷された。延宝9年(1681年)、又右衛門は旧社地への復興を計画したが、再建には長い年月を要し、洪水から98年後の延享3年(1746年)6月、現在地に社殿が再建された。
その後、弘化2年(1845年)5月には葛西勘十郎が祠堂田地1反歩を寄進し、神社の維持に尽力した。しかし、平成23年(2011年)5月27日には拝殿付近から出火し、社殿は全焼している。
境内には嘉暦年間(1326~1329年)に建立された板碑が残る。この板碑は、安藤氏一族の跡目争いによる死者を供養するためのものと伝えられ、人目につかない場所で板碑を撫でると熱病が治るという伝承も語り継がれている。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
