有名度
十両生魂神社
いくたまじんじゃ
青森県南津軽郡田舎館村田舎舘字中辻167
青森県南津軽郡田舎館村田舎舘字中辻167

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
生魂神社は青森県南津軽郡田舎館村に鎮座する神社。御祭神は生魂神の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝によれば、大同2年(807年)4月4日、坂上田村麻呂によって建立されたと伝えられる。
天正13年(1585年)5月19日、兵火により社殿が焼失したが、その後、津軽為信が仮殿を建立した。さらに元和2年(1616年)には、弘前藩第2代藩主・津軽信枚が四間四面の社殿を再建し、このとき鬼板には津軽家の家紋である卍が付され、以後は社紋として受け継がれている。
元禄元年(1688年)には氏子によって三間四面の社殿が建立され、棟札が掲げられたと伝えられる。さらに、安永3年(1774年)には氏子の手によって二間四面の社殿が新たに建立された。
明治6年(1873年)4月14日には第二大区第四小区の郷社に列格し、明治8年(1875年)には社殿の増改築が行われた。旧社格は郷社であり、例祭は毎年8月14日に執り行われている。
社格は旧郷社。
社伝によれば、大同2年(807年)4月4日、坂上田村麻呂によって建立されたと伝えられる。
天正13年(1585年)5月19日、兵火により社殿が焼失したが、その後、津軽為信が仮殿を建立した。さらに元和2年(1616年)には、弘前藩第2代藩主・津軽信枚が四間四面の社殿を再建し、このとき鬼板には津軽家の家紋である卍が付され、以後は社紋として受け継がれている。
元禄元年(1688年)には氏子によって三間四面の社殿が建立され、棟札が掲げられたと伝えられる。さらに、安永3年(1774年)には氏子の手によって二間四面の社殿が新たに建立された。
明治6年(1873年)4月14日には第二大区第四小区の郷社に列格し、明治8年(1875年)には社殿の増改築が行われた。旧社格は郷社であり、例祭は毎年8月14日に執り行われている。
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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