有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県南津軽郡藤崎町藤崎字四本松105
青森県南津軽郡藤崎町藤崎字四本松105

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県南津軽郡藤崎町に鎮座する神社。御祭神は品陀別命の1柱をまつる。
寛治6年(1092年)、藤崎城の完成にあわせて、城と領内を守護する神社として創建されたと伝えられる。社殿は藤崎城跡の土塁斜面に建ち、境内には淡島宮や天満宮などの末社もまつられている。
藤崎城は安東氏の拠点となった城であり、神社周辺には現在も土塁や堀の跡が残る。土塁上には暦応3年(1340年)の銘を持つ板碑が建てられており、この板碑は付近の稱名寺境内から出土したものと伝えられている。
明治14年(1881年)には、当時伝えられていた安東氏と藤崎城の沿革を刻んだ「安東氏顛末記」が建立された。このほか、境内には庚申塔や二十三夜塔なども残されている。
戦時中には戦勝祈願が行われるなど地域の信仰の場として崇敬を集めてきた。現在も社殿の背後には藤崎城の長大な土塁と堀跡が良好な状態で残り、神社境内と城跡が一体となって往時の歴史を今に伝えている。
寛治6年(1092年)、藤崎城の完成にあわせて、城と領内を守護する神社として創建されたと伝えられる。社殿は藤崎城跡の土塁斜面に建ち、境内には淡島宮や天満宮などの末社もまつられている。
藤崎城は安東氏の拠点となった城であり、神社周辺には現在も土塁や堀の跡が残る。土塁上には暦応3年(1340年)の銘を持つ板碑が建てられており、この板碑は付近の稱名寺境内から出土したものと伝えられている。
明治14年(1881年)には、当時伝えられていた安東氏と藤崎城の沿革を刻んだ「安東氏顛末記」が建立された。このほか、境内には庚申塔や二十三夜塔なども残されている。
戦時中には戦勝祈願が行われるなど地域の信仰の場として崇敬を集めてきた。現在も社殿の背後には藤崎城の長大な土塁と堀跡が良好な状態で残り、神社境内と城跡が一体となって往時の歴史を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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