有名度
十両神明宮
しんめいぐう
青森県平川市舘山板橋七
青森県平川市舘山板橋七

かんたんご利益
- 仕事
神明宮には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
神明宮は青森県平川市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神の1柱をまつる。
創建年代は明らかではない。鎮座地は古く守山と呼ばれ、大浦為信が勢力を拡大した天正年間(1573~1592年)には、すでに神明宮が鎮座していたと伝えられる。
天正3年(1575年)正月、大浦為信は大光寺城を攻めた際、守山神明宮付近に本陣を置いて軍勢を指揮したという。大光寺城落城後も、館山・松館・松崎の3村によって祭祀が受け継がれた。
境内には、明治19年(1886年)奉納の石灯籠をはじめ、明治27年(1894年)と明治44年(1911年)に奉納された狛犬が現存する。明治28年(1895年)旧暦5月4日には本殿が建立され、翌年頃にはその造営を記念する寄附人名碑が建てられた。さらに、明治36年(1903年)には産神講中が社号標を奉納し、明治39年(1906年)には石鳥居が建立された。
その後も、大正11年(1922年)には狛犬一対、昭和16年(1941年)には初老記念の奉納物が寄進されるなど、地域の崇敬を受け続けてきた。現在の境内には複数の鳥居や石灯籠、手水石、末社、本殿を覆う覆屋などが残されている。
創建年代は明らかではない。鎮座地は古く守山と呼ばれ、大浦為信が勢力を拡大した天正年間(1573~1592年)には、すでに神明宮が鎮座していたと伝えられる。
天正3年(1575年)正月、大浦為信は大光寺城を攻めた際、守山神明宮付近に本陣を置いて軍勢を指揮したという。大光寺城落城後も、館山・松館・松崎の3村によって祭祀が受け継がれた。
境内には、明治19年(1886年)奉納の石灯籠をはじめ、明治27年(1894年)と明治44年(1911年)に奉納された狛犬が現存する。明治28年(1895年)旧暦5月4日には本殿が建立され、翌年頃にはその造営を記念する寄附人名碑が建てられた。さらに、明治36年(1903年)には産神講中が社号標を奉納し、明治39年(1906年)には石鳥居が建立された。
その後も、大正11年(1922年)には狛犬一対、昭和16年(1941年)には初老記念の奉納物が寄進されるなど、地域の崇敬を受け続けてきた。現在の境内には複数の鳥居や石灯籠、手水石、末社、本殿を覆う覆屋などが残されている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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