有名度
十両保食神社
うけもちじんじゃ
青森県平川市大光寺四滝本62
青森県平川市大光寺四滝本62

かんたんご利益
- 仕事
保食神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
保食神社は青森県平川市大光寺に鎮座する神社。御祭神は宇氣母智神の1柱をまつる。
社伝によれば、大同年間(806~810年)に坂上田村麻呂が創建したと伝えられるが、詳しい由緒は明らかではない。古くは瀧本熊野権現宮千手観音堂と称し、神仏習合の霊場として信仰を集めた。
承久元年(1219年)には、大光寺城主の曽我時廣が熊野宮を修復し、領田を寄進したと伝えられる。天正3年(1575年)、大光寺城主瀧本重行が津軽為信の攻撃によって落城した後も、歴代領主の崇敬を受けた。
慶長14年(1609年)の大光寺廃城後は堂社が荒廃したため、承応年間(1652~1655年)に旧跡の瀧本へ社殿が再建された。以後は大光寺組17村の氏神として広く信仰された。
明治4年(1871年)、神仏分離により保食神社へ改称した。昭和27年(1952年)以降は大光寺地区の氏神となっている。境内の観音堂は大光寺慈照閣と呼ばれ、千手観音を本尊とする津軽三十三観音霊場第30番札所として現在も信仰を集めている。
社伝によれば、大同年間(806~810年)に坂上田村麻呂が創建したと伝えられるが、詳しい由緒は明らかではない。古くは瀧本熊野権現宮千手観音堂と称し、神仏習合の霊場として信仰を集めた。
承久元年(1219年)には、大光寺城主の曽我時廣が熊野宮を修復し、領田を寄進したと伝えられる。天正3年(1575年)、大光寺城主瀧本重行が津軽為信の攻撃によって落城した後も、歴代領主の崇敬を受けた。
慶長14年(1609年)の大光寺廃城後は堂社が荒廃したため、承応年間(1652~1655年)に旧跡の瀧本へ社殿が再建された。以後は大光寺組17村の氏神として広く信仰された。
明治4年(1871年)、神仏分離により保食神社へ改称した。昭和27年(1952年)以降は大光寺地区の氏神となっている。境内の観音堂は大光寺慈照閣と呼ばれ、千手観音を本尊とする津軽三十三観音霊場第30番札所として現在も信仰を集めている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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