有名度
十両稲荷神社
いなりじんじゃ
青森県平川市平田森上宮本2
青森県平川市平田森上宮本2

かんたんご利益
- 仕事
稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は青森県平川市に鎮座する神社。御祭神は宇賀御魂神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
社伝によれば、創建年代は明らかではないが、現在地の社殿は慶長年間(1596~1615年)に氏子によって再建されたと伝えられる。また、正保2年(1645年)の平田森村開村の際、小兵衛という人物が瑞夢を見て社地を定め、堂宇を建立したという。延宝9年(1681年)の「堂宮神主山伏行人之覚」には、平田森村稲荷堂別当東覚坊の名が記されている。
延享元年(1744年)には隣村の町居村法院から鳥居が寄進され、文化6年(1809年)2月4日と弘化2年(1845年)5月13日には御厨子や堂宇が寄進された。安政4年(1857年)には稲荷堂が再建され、明治4年(1871年)に村社へ列格した。
明治6年(1873年)には新屋町村の貴船神社へ合祀され、御祭神は猿田彦命と大宮姫神となった。明治8年(1875年)には村人によって拝殿が建立され、明治42年(1909年)には氏子により本殿が改築された。さらに明治44年(1911年)には神饌幣帛料供進神社に指定された。
大正12年(1923年)には境内が手狭となったため拝殿を改修し、昭和26年(1951年)には国有であった境内地が宗教法人へ無償譲与された。昭和36年(1961年)には拝殿を新築したが、平成3年(1991年)の台風19号で本殿や境内樹木が大きな被害を受けたため、翌平成4年(1992年)に本殿が再建された。
社格は旧村社。
社伝によれば、創建年代は明らかではないが、現在地の社殿は慶長年間(1596~1615年)に氏子によって再建されたと伝えられる。また、正保2年(1645年)の平田森村開村の際、小兵衛という人物が瑞夢を見て社地を定め、堂宇を建立したという。延宝9年(1681年)の「堂宮神主山伏行人之覚」には、平田森村稲荷堂別当東覚坊の名が記されている。
延享元年(1744年)には隣村の町居村法院から鳥居が寄進され、文化6年(1809年)2月4日と弘化2年(1845年)5月13日には御厨子や堂宇が寄進された。安政4年(1857年)には稲荷堂が再建され、明治4年(1871年)に村社へ列格した。
明治6年(1873年)には新屋町村の貴船神社へ合祀され、御祭神は猿田彦命と大宮姫神となった。明治8年(1875年)には村人によって拝殿が建立され、明治42年(1909年)には氏子により本殿が改築された。さらに明治44年(1911年)には神饌幣帛料供進神社に指定された。
大正12年(1923年)には境内が手狭となったため拝殿を改修し、昭和26年(1951年)には国有であった境内地が宗教法人へ無償譲与された。昭和36年(1961年)には拝殿を新築したが、平成3年(1991年)の台風19号で本殿や境内樹木が大きな被害を受けたため、翌平成4年(1992年)に本殿が再建された。
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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