有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県南津軽郡大鰐町居土字沢田105
青森県南津軽郡大鰐町居土字沢田105

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県南津軽郡大鰐町に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊の1柱をまつる。
創建については複数の伝承が残る。昭和27年(1952年)に青森県神社庁へ提出された由緒では、天正2年(1574年)7月15日、新田氏の末裔と伝わる新田顕義が当地へ身を寄せ、再起を願って社殿を建立し、武神を奉斎したことを創始とする。その後、小笠原伊勢守信浄が崇敬したが、天明年間(1781~1789年)の飢饉で村が衰退し、社は一時荒廃したという。一方、神社庁明細書には、文禄・慶長年間(1592~1615年)に小笠原伊勢守信浄が八幡宮を創建したと記されている。
安政2年(1855年)の『神社微細由緒書上帳』には、居土村折紙新田の鎮守である八幡宮が延享元年(1744年)に村人によって再建されたことが記される。社殿は板葺で、修理も村人が共同で行った。また、文政9年(1826年)の『御棟札調帳』には「下折紙新田村八幡宮」の名が見える。
明治5年(1872年)の神社整理で一時廃社となったが、明治8年(1875年)に復社した。明治15年(1882年)には社殿を再建し、旧暦7月15日付の棟札が残る。昭和21年(1946年)には境内地として山林の無償提供を受け、同年6月18日に宗教法人となった。現在の本殿は流造で、例祭は毎年7月15日に執り行われる。
創建については複数の伝承が残る。昭和27年(1952年)に青森県神社庁へ提出された由緒では、天正2年(1574年)7月15日、新田氏の末裔と伝わる新田顕義が当地へ身を寄せ、再起を願って社殿を建立し、武神を奉斎したことを創始とする。その後、小笠原伊勢守信浄が崇敬したが、天明年間(1781~1789年)の飢饉で村が衰退し、社は一時荒廃したという。一方、神社庁明細書には、文禄・慶長年間(1592~1615年)に小笠原伊勢守信浄が八幡宮を創建したと記されている。
安政2年(1855年)の『神社微細由緒書上帳』には、居土村折紙新田の鎮守である八幡宮が延享元年(1744年)に村人によって再建されたことが記される。社殿は板葺で、修理も村人が共同で行った。また、文政9年(1826年)の『御棟札調帳』には「下折紙新田村八幡宮」の名が見える。
明治5年(1872年)の神社整理で一時廃社となったが、明治8年(1875年)に復社した。明治15年(1882年)には社殿を再建し、旧暦7月15日付の棟札が残る。昭和21年(1946年)には境内地として山林の無償提供を受け、同年6月18日に宗教法人となった。現在の本殿は流造で、例祭は毎年7月15日に執り行われる。
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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