有名度
十両豐受美神社
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町淀町32
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町淀町32

かんたんご利益
- 仕事
豐受美神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
豐受美神社は青森県西津軽郡鰺ヶ沢町に鎮座する神社。御祭神は豊宇受比売命の1柱をまつる。
富根町は文政年間(1818~1830年)に開かれ、淀町は安政年間(1854~1860年)に開拓された。当時、両町には産土神がなかったため、町奉行・斎藤熊蔵を通じて、弘前藩主津軽家の御舘神の分霊をまつることを願い出た。
万延元年(1860年)に許可を受け、富根町と淀町が共同で町の南部に豐受美神社を勧請した。明治6年(1873年)には俳句額が奉納され、評者として清貧庵と梅廼家の名が記されるほか、長内重次郎の名も刻まれている。
明治7年(1874年)には堂宇が再建され、境内には稲荷宮も建立された。
富根町は文政年間(1818~1830年)に開かれ、淀町は安政年間(1854~1860年)に開拓された。当時、両町には産土神がなかったため、町奉行・斎藤熊蔵を通じて、弘前藩主津軽家の御舘神の分霊をまつることを願い出た。
万延元年(1860年)に許可を受け、富根町と淀町が共同で町の南部に豐受美神社を勧請した。明治6年(1873年)には俳句額が奉納され、評者として清貧庵と梅廼家の名が記されるほか、長内重次郎の名も刻まれている。
明治7年(1874年)には堂宇が再建され、境内には稲荷宮も建立された。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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