有名度
十両高倉神社
たかくらじんじゃ
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町北浮田字今須16
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町北浮田字今須16

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(2柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
高倉神社は青森県西津軽郡鰺ヶ沢町に鎮座する神社。御祭神は高皇産霊命、高倉下命の2柱をまつる。
天和2年(1682年)、浮田村の庄屋であった惣兵衛が一宇を建立し、聖観音をまつったことに始まると伝えられる。北浮田観音堂と称され、寛政年間(1789~1801年)の札所番付改定により、津軽三十三観音霊場第7番札所となった。
境内の大銀杏の根元から湧き出る水は、眼病や乳の出に霊験があると信じられ、秋田や北海道からも多くの参詣者が訪れたという。境内には飛竜宮の社殿をはじめ、観音堂や神楽殿が設けられていた。
明治初期の神仏分離により観音堂は取り壊され、本尊は弘前市の報恩寺へ移された。一方、飛竜宮は高倉神社へ改称された。その後、昭和40年代には地域住民によって観音堂が再建され、弘前市の久渡寺から譲り受けた聖観世音菩薩像を安置し、「弘誓閣」と名付けられた。
拝殿は木造平屋建ての入母屋造、鉄板葺で、本殿は一間社流造である。例祭日は毎年8月18日に執り行われる。
天和2年(1682年)、浮田村の庄屋であった惣兵衛が一宇を建立し、聖観音をまつったことに始まると伝えられる。北浮田観音堂と称され、寛政年間(1789~1801年)の札所番付改定により、津軽三十三観音霊場第7番札所となった。
境内の大銀杏の根元から湧き出る水は、眼病や乳の出に霊験があると信じられ、秋田や北海道からも多くの参詣者が訪れたという。境内には飛竜宮の社殿をはじめ、観音堂や神楽殿が設けられていた。
明治初期の神仏分離により観音堂は取り壊され、本尊は弘前市の報恩寺へ移された。一方、飛竜宮は高倉神社へ改称された。その後、昭和40年代には地域住民によって観音堂が再建され、弘前市の久渡寺から譲り受けた聖観世音菩薩像を安置し、「弘誓閣」と名付けられた。
拝殿は木造平屋建ての入母屋造、鉄板葺で、本殿は一間社流造である。例祭日は毎年8月18日に執り行われる。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
