有名度
十両稲荷神社
いなりじんじゃ
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町新地町1
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町新地町1

かんたんご利益
- 仕事
稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は青森県西津軽郡鰺ヶ沢町に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂命の1柱をまつる。
鰺ヶ沢館跡と考えられる新地町の高台に鎮座する。正保2年(1645年)3月17日、天童山長松館城主で津軽信義の弟にあたる津軽百助信隆が、城の西側に奉斎していた守護神を大庄屋の大塚又一郎へ譲ったと伝えられている。この経緯は、大塚家に伝わる「鰺ヶ沢御館神之由緒記」に記されている。
安政2年(1855年)の神社書上帳や寺社領分限帳には、新地山之上の稲荷宮が寛文元年(1661年)に創立されたと記録されている。正保2年(1645年)の御神体譲渡と寛文元年(1661年)の創立は別の出来事として伝えられており、前者は御神体の由来、後者は神社としての創立を示す記録である。
鰺ヶ沢館跡と考えられる新地町の高台に鎮座する。正保2年(1645年)3月17日、天童山長松館城主で津軽信義の弟にあたる津軽百助信隆が、城の西側に奉斎していた守護神を大庄屋の大塚又一郎へ譲ったと伝えられている。この経緯は、大塚家に伝わる「鰺ヶ沢御館神之由緒記」に記されている。
安政2年(1855年)の神社書上帳や寺社領分限帳には、新地山之上の稲荷宮が寛文元年(1661年)に創立されたと記録されている。正保2年(1645年)の御神体譲渡と寛文元年(1661年)の創立は別の出来事として伝えられており、前者は御神体の由来、後者は神社としての創立を示す記録である。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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