有名度
十両鹿島神社
かしまじんじゃ
青森県北津軽郡板柳町滝井字川崎48-3
青森県北津軽郡板柳町滝井字川崎48-3

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
鹿島神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
必勝祈願 五穀豊穣 国家守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「鹿島系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
鹿島神社は青森県北津軽郡板柳町に鎮座する神社。御祭神は武甕槌神の1柱をまつる。
当社に伝わる毘沙門天像は、徳兵衛という人物が南部から持ち帰ったもので、坂上田村麻呂の作と伝えられている。徳兵衛はこの像を氏神として屋敷内に安置したが、没後に子孫が絶えたため、村人の協議により飛竜宮の末社として滝井惣十郎の地内へ移された。
その後、毘沙門天像が盗難に遭ったため、文化2年(1805年)に滝井の山崎勘右衛門が江戸で新たな毘沙門天像を求めて寄進した。後に村の氏神となったが、明治時代に氏子の協議によって信者の小野松太郎へ譲られ、小野家の氏神として祀られた。
昭和32年(1957年)、私有となっていた毘沙門天を再び村の氏神として祀るため、鹿島神社が建立された。
当社に伝わる毘沙門天像は、徳兵衛という人物が南部から持ち帰ったもので、坂上田村麻呂の作と伝えられている。徳兵衛はこの像を氏神として屋敷内に安置したが、没後に子孫が絶えたため、村人の協議により飛竜宮の末社として滝井惣十郎の地内へ移された。
その後、毘沙門天像が盗難に遭ったため、文化2年(1805年)に滝井の山崎勘右衛門が江戸で新たな毘沙門天像を求めて寄進した。後に村の氏神となったが、明治時代に氏子の協議によって信者の小野松太郎へ譲られ、小野家の氏神として祀られた。
昭和32年(1957年)、私有となっていた毘沙門天を再び村の氏神として祀るため、鹿島神社が建立された。
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神社詳細
摂末社・境内社
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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