有名度
十両中泉稲荷神社
なかいずみいなりじんじゃ
青森県五所川原市中泉字松枝88
青森県五所川原市中泉字松枝88

かんたんご利益
- 仕事
中泉稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は青森県五所川原市に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂命の1柱をまつる。
創建年代は不詳である。境内の由緒によれば、後水尾天皇の御代にあたる元和2年(1616年)、中泉村中へ勧請されたと伝えられている。一方、安政2年(1855年)の『神社書上帳』には、貞享年間(1684~1687年)に再建された稲荷宮であると記され、建立年月日は不詳ながら、貞享年間に村中によって社殿および鞘堂が再建されたと伝えられている。また、貞享4年(1687年)の検地帳には東宮太夫抱地として社地の記載がみられる。
当地は貞享4年(1687年)から享保11年(1726年)まで深井村と称し、当初は瀬良沢村の枝村であったが、享保11年(1726年)に独立して中泉村へ改称したと考えられている。
宝暦年間(1751~1763年)の棟札と文化3年(1806年)の棟札が現存すると伝えられる。また、宝暦5年(1755年)には、村の北の畑に古くから湧く泉を冨士明神として祀ったところ参詣者が相次ぎ、藩の命によってその泉が埋め立てられたという歴史が残されている。
明治4年(1871年)4月に梅田熊野宮へ合祀されたが、明治8年(1875年)4月に復社した。その後も地域の信仰を受け継ぎ、現在に至っている。
創建年代は不詳である。境内の由緒によれば、後水尾天皇の御代にあたる元和2年(1616年)、中泉村中へ勧請されたと伝えられている。一方、安政2年(1855年)の『神社書上帳』には、貞享年間(1684~1687年)に再建された稲荷宮であると記され、建立年月日は不詳ながら、貞享年間に村中によって社殿および鞘堂が再建されたと伝えられている。また、貞享4年(1687年)の検地帳には東宮太夫抱地として社地の記載がみられる。
当地は貞享4年(1687年)から享保11年(1726年)まで深井村と称し、当初は瀬良沢村の枝村であったが、享保11年(1726年)に独立して中泉村へ改称したと考えられている。
宝暦年間(1751~1763年)の棟札と文化3年(1806年)の棟札が現存すると伝えられる。また、宝暦5年(1755年)には、村の北の畑に古くから湧く泉を冨士明神として祀ったところ参詣者が相次ぎ、藩の命によってその泉が埋め立てられたという歴史が残されている。
明治4年(1871年)4月に梅田熊野宮へ合祀されたが、明治8年(1875年)4月に復社した。その後も地域の信仰を受け継ぎ、現在に至っている。
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神社詳細
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神紋
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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