有名度
十両稲荷神社
いなりじんじゃ
青森県五所川原市飯詰字狐野169-12
青森県五所川原市飯詰字狐野169-12

かんたんご利益
- 仕事
稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は青森県五所川原市に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂命の1柱をまつる。
社伝では宝暦12年(1762年)の勧請と伝えられる。しかし、貞享元年(1684年)に飯詰村庄屋の作右衛門が藩へ提出した天和年間の書上帳添図には、現在地に稲荷宮の社地が記されており、宝暦12年以前から祭祀されていたことが確認できる。
神社は高楯城南丸の西方に鎮座し、かつては正一位稲荷大明神と称され、高楯城の城神として崇敬された。さらに、正平6年(1351年)には、藤原藤房が伊勢神宮外宮の宮司であった藤原総宮大夫山城守から授かった御神体を当地へ持参したとの伝承も残されている。大正12年(1923年)6月には本殿・幣殿・拝殿が改築され、昭和26年(1951年)6月にも同じく本殿・幣殿・拝殿が改築された。さらに昭和61年(1986年)には幣殿と拝殿が新築され、現在の社殿の姿が整えられた。
毎年12月31日には「飯詰稲荷神社裸参り」が行われる。この行事は約350年前の江戸時代、氏子が村の発展を願って酒や魚、五穀などを奉納したことに始まると伝えられる。裸衆は威勢のよい掛け声を上げながら約500メートルを練り歩き、供物を神前へ奉納する勇壮な神事である。平成30年(2018年)10月25日には五所川原市の無形民俗文化財に指定された。祈年祭は4月10日、例祭は6月10日、新嘗祭は12月2日に斎行される。
社伝では宝暦12年(1762年)の勧請と伝えられる。しかし、貞享元年(1684年)に飯詰村庄屋の作右衛門が藩へ提出した天和年間の書上帳添図には、現在地に稲荷宮の社地が記されており、宝暦12年以前から祭祀されていたことが確認できる。
神社は高楯城南丸の西方に鎮座し、かつては正一位稲荷大明神と称され、高楯城の城神として崇敬された。さらに、正平6年(1351年)には、藤原藤房が伊勢神宮外宮の宮司であった藤原総宮大夫山城守から授かった御神体を当地へ持参したとの伝承も残されている。大正12年(1923年)6月には本殿・幣殿・拝殿が改築され、昭和26年(1951年)6月にも同じく本殿・幣殿・拝殿が改築された。さらに昭和61年(1986年)には幣殿と拝殿が新築され、現在の社殿の姿が整えられた。
毎年12月31日には「飯詰稲荷神社裸参り」が行われる。この行事は約350年前の江戸時代、氏子が村の発展を願って酒や魚、五穀などを奉納したことに始まると伝えられる。裸衆は威勢のよい掛け声を上げながら約500メートルを練り歩き、供物を神前へ奉納する勇壮な神事である。平成30年(2018年)10月25日には五所川原市の無形民俗文化財に指定された。祈年祭は4月10日、例祭は6月10日、新嘗祭は12月2日に斎行される。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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