有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県弘前市撫牛子一丁目3-1
青森県弘前市撫牛子一丁目3-1

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊の1柱をまつる。
創建年月は明らかではないが、元禄年間(1688~1704年)以前から祭祀が行われていたと伝えられる。貞享年間(1684~1688年)には長利薩摩が社司を務め、地域の信仰を支えていた。
鳥居には悪霊退散を願う鬼像が掲げられている。初代の鬼像は津軽藩士・片山玄南が制作した木像であったが、火災によって焼失した。現在の石造鬼像は、大正8年(1919年)に地元の石工によって奉納されたものである。
撫牛子八幡宮の鬼像は、津軽地方の鳥居に鬼像を掲げる風習の始まりと伝えられており、地域を代表する特色ある信仰文化として現在も受け継がれている。
創建年月は明らかではないが、元禄年間(1688~1704年)以前から祭祀が行われていたと伝えられる。貞享年間(1684~1688年)には長利薩摩が社司を務め、地域の信仰を支えていた。
鳥居には悪霊退散を願う鬼像が掲げられている。初代の鬼像は津軽藩士・片山玄南が制作した木像であったが、火災によって焼失した。現在の石造鬼像は、大正8年(1919年)に地元の石工によって奉納されたものである。
撫牛子八幡宮の鬼像は、津軽地方の鳥居に鬼像を掲げる風習の始まりと伝えられており、地域を代表する特色ある信仰文化として現在も受け継がれている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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