有名度
十両神明宮
しんめいぐう
青森県弘前市下湯口字青柳62
青森県弘前市下湯口字青柳62

かんたんご利益
- 仕事
神明宮には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
神明宮は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
神明宮の創建年代は明らかではないが、元禄6年(1693年)に下湯口村の人々によって大日堂一宇が再建された記録が残されており、この大日堂が神明宮の前身と伝えられている。
承応元年(1652年)には、弘前藩3代藩主・津軽信義が下湯口の青柳に屋形を設けた。青柳館には弘前藩の火薬庫や焔硝蔵が置かれ、それらを管理する役人の屋敷も設けられるなど、藩政上の重要な施設が集められていた。
嘉永6年(1853年)の寄進札には、神明宮の社殿建築に瓦工や左官が携わったことが記されており、江戸時代末期には瓦葺の社殿が整えられていたことがうかがえる。明治初年には、下湯口の天照皇太神宮が悪戸村の常盤神社へ相殿として遷されたが、その後、下湯口字青柳へ戻され、明治6年(1873年)4月に村社へ列せられた。
昭和21年(1946年)には宗教法人令に基づく届出を行い、神社本庁に所属した。昭和57年(1982年)7月16日には拝殿が新築され、境内にはその完成を記念する石碑が建立されている。また、境内には庚申塔、青面金剛碑、三社託宣碑などの石造物が残されており、例祭は毎年7月16日に執り行われる。
社格は旧村社。
神明宮の創建年代は明らかではないが、元禄6年(1693年)に下湯口村の人々によって大日堂一宇が再建された記録が残されており、この大日堂が神明宮の前身と伝えられている。
承応元年(1652年)には、弘前藩3代藩主・津軽信義が下湯口の青柳に屋形を設けた。青柳館には弘前藩の火薬庫や焔硝蔵が置かれ、それらを管理する役人の屋敷も設けられるなど、藩政上の重要な施設が集められていた。
嘉永6年(1853年)の寄進札には、神明宮の社殿建築に瓦工や左官が携わったことが記されており、江戸時代末期には瓦葺の社殿が整えられていたことがうかがえる。明治初年には、下湯口の天照皇太神宮が悪戸村の常盤神社へ相殿として遷されたが、その後、下湯口字青柳へ戻され、明治6年(1873年)4月に村社へ列せられた。
昭和21年(1946年)には宗教法人令に基づく届出を行い、神社本庁に所属した。昭和57年(1982年)7月16日には拝殿が新築され、境内にはその完成を記念する石碑が建立されている。また、境内には庚申塔、青面金剛碑、三社託宣碑などの石造物が残されており、例祭は毎年7月16日に執り行われる。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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