有名度
十両熊野奥照神社
くまのおくてるじんじゃ
青森県弘前市田町四丁目1-1
青森県弘前市田町四丁目1-1

かんたんご利益
- 健康
- 安全
熊野奥照神社には
「健康系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「熊野系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
熊野奥照神社は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神の2柱をまつる。
社伝によれば、神社は奥尾崎に創建され、延暦7年(788年)に扇野庄へ遷座したと伝えられている。大同2年(807年)には、坂上田村麻呂が蝦夷征討に際して戦勝を祈願したとされ、その後も幾度か堂舎の造営が行われたというが、詳細な沿革は明らかではない。
現在の本殿は慶長18年(1613年)、弘前藩2代藩主・津軽信枚によって再建されたものである。桁行三間、梁間二間の身舎に三間の向拝を備え、背面を除く三方に縁を巡らせた三間社流造で、屋根はこけら葺とする。素木造の社殿内部は内陣と外陣に分けられ、内陣中央には祭壇が設けられている。
その後も延享2年(1745年)、明和9年(1772年)、享和元年(1801年)、天保13年(1842年)に修復が行われ、それぞれの修理の経過を伝える棟札が現在まで残されている。本殿は昭和29年(1954年)9月17日、これら棟札5枚とともに国の重要文化財に指定された。
社伝によれば、神社は奥尾崎に創建され、延暦7年(788年)に扇野庄へ遷座したと伝えられている。大同2年(807年)には、坂上田村麻呂が蝦夷征討に際して戦勝を祈願したとされ、その後も幾度か堂舎の造営が行われたというが、詳細な沿革は明らかではない。
現在の本殿は慶長18年(1613年)、弘前藩2代藩主・津軽信枚によって再建されたものである。桁行三間、梁間二間の身舎に三間の向拝を備え、背面を除く三方に縁を巡らせた三間社流造で、屋根はこけら葺とする。素木造の社殿内部は内陣と外陣に分けられ、内陣中央には祭壇が設けられている。
その後も延享2年(1745年)、明和9年(1772年)、享和元年(1801年)、天保13年(1842年)に修復が行われ、それぞれの修理の経過を伝える棟札が現在まで残されている。本殿は昭和29年(1954年)9月17日、これら棟札5枚とともに国の重要文化財に指定された。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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