鬼神社 - 神社ファン

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鬼神社

おにじんじゃ

青森県弘前市鬼沢宇菖蒲沢151

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青森県弘前市鬼沢宇菖蒲沢151

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(1柱)」 「三島・大山祇系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鬼神社は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は高照比賣命、伊奘那岐大神、大山祇神の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
創立年代は明らかではない。社伝では、延暦年間、坂上田村麻呂が東夷征討のため東国へ下った際、岩木山に鎮座する顕国魂神の娘神・高照比賣命の霊験を受け、岩木山麓に社殿を再建したと伝えられる。その後、社殿は現在地へ遷され、大山祇神が配祀されたという。
鬼沢地区には、社伝とは別に農民・弥十郎と鬼にまつわる伝説が伝わる。かつて鬼沢が長根派立と呼ばれていた頃、弥十郎は岩木山中の赤倉で大人と出会い、相撲を取るうちに親しくなった。大人は弥十郎に、自分の存在を他人へ話さないよう約束させた。
当時、弥十郎が開いた水田は水不足に悩まされていた。事情を知った大人は、赤倉沢上流のカレイ沢から水を引くため、岩や土を動かして堰を築いた。しかし、弥十郎の妻が作業を見て大人の正体が鬼であることを村人へ知らせたため、鬼は鍬や蓑笠などの農具を残して姿を消した。完成した堰には水が流れ、村の田畑を潤した。村人はこの堰を「鬼神堰」または「逆さ堰」と呼び、鬼が残した農具を社に納めてまつったことが鬼神社の始まりと伝えられている。また、長根派立の地名も鬼沢へ改められたという。
鬼沢では鬼を追い払う存在ではなく、村を助けた神として信仰してきた。節分には「福は内、鬼も内」と唱えて豆をまき、端午の節句にはヨモギやショウブを屋根へ上げない風習が伝わる。また、平川市小国では、鬼神社の虫札を田植え後の水田の水口へ立てる習俗も記録されている。
境内には本殿、拝殿、奥殿が建ち、天保11年(1840年)建立の「鬼神大権現」の石碑や、昭和8年(1933年)建立の鳥居が残る。拝殿には、鬼が堰を築く際に使ったと伝わる鍬やノミなどの農具が奉納されている。
社殿や鳥居に掲げられた「鬼神宮」の扁額では、「鬼」の字の上部にある角を表す払いが省かれている。鬼沢の鬼が村人を助けた角のない穏やかな鬼であったという伝承によるものである。奥殿には、鬼沢産のニンニクにまつわる伝承とともに、津軽藩第9代藩主・津軽寧親の時代に奉納されたと伝わる扁額も納められている。
例祭は旧暦5月29日に行われる。祭礼では鬼沢産のニンニクを扱う市が立ち、宵宮では鬼の姿を描いた絵馬や金棒をかたどった守札が授与される。
  • 郷社
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/