有名度
十両雷電宮
らいでんぐう
青森県東津軽郡平内町福館字雷電岸55
青森県東津軽郡平内町福館字雷電岸55

かんたんご利益
- 仕事
雷電宮には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
雨乞い 農業守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八雷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
雷電宮は青森県東津軽郡平内町に鎮座する神社。御祭神は別雷命の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝では、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が京都の賀茂社を勧請して創建したと伝えられる。一方で、文禄3年(1594年)に福館城主・七戸隼人が造立したとの伝承も残されている。明暦2年(1656年)、福館村が黒石領となった際に社殿が造り直されたが、延宝元年(1673年)の火災によって社殿をはじめ、棟札や縁起などの貴重な資料を焼失した。翌延宝2年(1674年)には藩の費用によって社殿が再建された。江戸時代後期に当地を訪れた紀行家・菅江真澄は、潮の満ち引きによって深くなる汐立川を渡った先に社地があったことを記している。また、小湊の修験者であった雷電山日光院を訪ねて創建の由来を聞き取っているが、その由緒を記した文書は火災によって失われていたという。明治6年(1873年)3月に郷社へ列し、例祭日は5月15日である。
社格は旧郷社。
社伝では、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が京都の賀茂社を勧請して創建したと伝えられる。一方で、文禄3年(1594年)に福館城主・七戸隼人が造立したとの伝承も残されている。明暦2年(1656年)、福館村が黒石領となった際に社殿が造り直されたが、延宝元年(1673年)の火災によって社殿をはじめ、棟札や縁起などの貴重な資料を焼失した。翌延宝2年(1674年)には藩の費用によって社殿が再建された。江戸時代後期に当地を訪れた紀行家・菅江真澄は、潮の満ち引きによって深くなる汐立川を渡った先に社地があったことを記している。また、小湊の修験者であった雷電山日光院を訪ねて創建の由来を聞き取っているが、その由緒を記した文書は火災によって失われていたという。明治6年(1873年)3月に郷社へ列し、例祭日は5月15日である。
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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