有名度
十両熊野宮
くまのぐう
青森県青森市幸畑字谷脇181
青森県青森市幸畑字谷脇181

かんたんご利益
- 健康
- 安全
熊野宮には
「健康系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「熊野系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
熊野宮は青森県青森市に鎮座する神社。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命の2柱をまつる。
社格は旧村社。
草創年代は不詳である。寛永8年(1631年)、村中の安全を願って社殿が再建された。当初は新山宮と称し、熊野大権現とも呼ばれていた。
貞享元年(1684年)の書上帳には「新山権現宮」と記され、一間四方の社殿と別当の和泉太夫の存在が確認できる。さらに、貞享4年(1687年)の検地帳には熊野宮の社地と境内林が記載され、安政2年(1855年)の書上帳にも幸畑村の新山宮一宇と広い境内の様子が記録されており、古くから地域の信仰を集めていたことがうかがえる。
明治初年の神仏分離により仏体を廃し、熊野宮と改称した。明治6年(1873年)3月には筒井村の稲荷神社とともに横内村の大星神社へ合祀されたが、明治8年(1875年)2月に復社した。翌明治9年(1876年)12月には村社へ列せられ、現在も地域の鎮守として祭祀が受け継がれている。例祭日は8月14日である。
社格は旧村社。
草創年代は不詳である。寛永8年(1631年)、村中の安全を願って社殿が再建された。当初は新山宮と称し、熊野大権現とも呼ばれていた。
貞享元年(1684年)の書上帳には「新山権現宮」と記され、一間四方の社殿と別当の和泉太夫の存在が確認できる。さらに、貞享4年(1687年)の検地帳には熊野宮の社地と境内林が記載され、安政2年(1855年)の書上帳にも幸畑村の新山宮一宇と広い境内の様子が記録されており、古くから地域の信仰を集めていたことがうかがえる。
明治初年の神仏分離により仏体を廃し、熊野宮と改称した。明治6年(1873年)3月には筒井村の稲荷神社とともに横内村の大星神社へ合祀されたが、明治8年(1875年)2月に復社した。翌明治9年(1876年)12月には村社へ列せられ、現在も地域の鎮守として祭祀が受け継がれている。例祭日は8月14日である。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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