有名度
十両野付神社
のつけじんじゃ
北海道野付郡別海町尾岱沼潮見町123番地
北海道野付郡別海町尾岱沼潮見町123番地

かんたんご利益
- 仕事
- 子供
- 安全
野付神社には
「仕事系」「子供系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
航海安全 漁業繁栄 安産
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「ワタツミ系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
野付神社は北海道野付郡別海町に鎮座する神社。御祭神は大綿津見神の1柱をまつる。
野付神社は、安政5年(1858年)3月、幕府の漁場請負人・藤野四郎兵衛が、根室から千島への渡航の要地である野付半島龍神崎に、航海安全と大漁を祈願して大綿津見神を奉斎したことに始まる。当時の龍神崎にはノッケ通行所が置かれ、多くの和人が定住していた。その後、尾岱沼では漁業の発展とともに定住者が増えたことから、野付湾と野付半島を一望できる現在地に社殿を建立し、「大綿津神社」として祭祀を行った。
その後、龍神崎の住民が減少したため、明治42年(1909年)11月3日に龍神社を合祀し、その本殿は現在の社殿内陣として受け継がれている。昭和38年(1963年)9月10日には社殿を改築して正遷座祭を斎行し、昭和45年(1970年)には宗教法人設立とともに社名を「野付神社」へ改称した。また、龍神社(大綿津見神)を合祀している。
野付神社は、安政5年(1858年)3月、幕府の漁場請負人・藤野四郎兵衛が、根室から千島への渡航の要地である野付半島龍神崎に、航海安全と大漁を祈願して大綿津見神を奉斎したことに始まる。当時の龍神崎にはノッケ通行所が置かれ、多くの和人が定住していた。その後、尾岱沼では漁業の発展とともに定住者が増えたことから、野付湾と野付半島を一望できる現在地に社殿を建立し、「大綿津神社」として祭祀を行った。
その後、龍神崎の住民が減少したため、明治42年(1909年)11月3日に龍神社を合祀し、その本殿は現在の社殿内陣として受け継がれている。昭和38年(1963年)9月10日には社殿を改築して正遷座祭を斎行し、昭和45年(1970年)には宗教法人設立とともに社名を「野付神社」へ改称した。また、龍神社(大綿津見神)を合祀している。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
https://hokkaidojinjacho.jp/
