有名度
十両下士幌神社
しもしほろじんじゃ
北海道河東郡音更町字下士幌北2線東49番地
北海道河東郡音更町字下士幌北2線東49番地

かんたんご利益
- 仕事
下士幌神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
下士幌神社は北海道河東郡音更町に鎮座する神社。御祭神は天照大御神の1柱をまつる。
明治33年(1900年)4月10日、総代の増田立吉をはじめ60余名が発起人となり、当地を仮境内地と定めて社殿を造営した。大工は山田喜太郎と橋本金平が務め、神職の木下栄作は74歳の高齢でありながら斎戒沐浴して御神体を彫刻し、伊勢の神宮から受けたと伝わる神鏡と合わせて神体とした。大正11年(1922年)には拝殿を造営し、翌大正12年(1923年)には青山五郎から鳥居が奉納された。昭和4年(1929年)には本殿を造営し、昭和6年(1931年)には中川浅太郎から狛犬と手水舎、昭和8年(1933年)には鈴木一太朗ら6名から石灯籠などが奉納されるなど、地域住民の崇敬によって境内の整備が進められた。昭和12年(1937年)に神社創立を出願し、昭和17年(1942年)に無格社として認可された。昭和28年(1953年)には宗教法人となり、昭和34年(1959年)には鳥居をコンクリート造に建て替え、昭和37年(1962年)9月10日に桜田神社を合祀した。さらに昭和43年(1968年)には本殿と拝殿を改築し、遷座祭を執行した。社殿は神明造で、例祭日は9月10日である。
明治33年(1900年)4月10日、総代の増田立吉をはじめ60余名が発起人となり、当地を仮境内地と定めて社殿を造営した。大工は山田喜太郎と橋本金平が務め、神職の木下栄作は74歳の高齢でありながら斎戒沐浴して御神体を彫刻し、伊勢の神宮から受けたと伝わる神鏡と合わせて神体とした。大正11年(1922年)には拝殿を造営し、翌大正12年(1923年)には青山五郎から鳥居が奉納された。昭和4年(1929年)には本殿を造営し、昭和6年(1931年)には中川浅太郎から狛犬と手水舎、昭和8年(1933年)には鈴木一太朗ら6名から石灯籠などが奉納されるなど、地域住民の崇敬によって境内の整備が進められた。昭和12年(1937年)に神社創立を出願し、昭和17年(1942年)に無格社として認可された。昭和28年(1953年)には宗教法人となり、昭和34年(1959年)には鳥居をコンクリート造に建て替え、昭和37年(1962年)9月10日に桜田神社を合祀した。さらに昭和43年(1968年)には本殿と拝殿を改築し、遷座祭を執行した。社殿は神明造で、例祭日は9月10日である。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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