有名度
十両芽室神社
めむろじんじゃ
北海道河西郡芽室町本通8丁目2番地
北海道河西郡芽室町本通8丁目2番地

かんたんご利益
- 仕事
芽室神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
芽室神社は北海道河西郡芽室町に鎮座する神社。御祭神は天照大御神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
明治30年(1897年)3月、長野県から移住した遠山房吉は、高橋半左衛門、矢島七兵衛、有賀亦右衛門、沢田兵蔵らとともに旧市街の形成に尽力した。明治33年(1900年)、戸長役場などが設置される見通しとなり市街地の発展が期待されたことから、遠山房吉が世話人となって祠を建立した。遠山宅の横にあった木株に小祠を設けて祭典を執り行い、翌明治34年(1901年)からは若者による奉納相撲も奉納されるようになった。明治40年(1907年)に旭川・釧路間の鉄道が開通して芽室駅が開業すると、新市街へ移る住民が増加したため、明治44年(1911年)に世話人らが神社の奉遷を協議し、現在地にあたる公共用地の一部を借り受けて社殿を建設した。翌明治45年(1912年)4月27日に竣工し、再建遷座祭を執行した。その後も社殿と社務所は時代に合わせて数回改築され、現在の社殿は昭和45年(1970年)、社務所は昭和55年(1980年)に竣工している。社殿は神明造で、例祭日は9月10日である。
社格は旧村社。
明治30年(1897年)3月、長野県から移住した遠山房吉は、高橋半左衛門、矢島七兵衛、有賀亦右衛門、沢田兵蔵らとともに旧市街の形成に尽力した。明治33年(1900年)、戸長役場などが設置される見通しとなり市街地の発展が期待されたことから、遠山房吉が世話人となって祠を建立した。遠山宅の横にあった木株に小祠を設けて祭典を執り行い、翌明治34年(1901年)からは若者による奉納相撲も奉納されるようになった。明治40年(1907年)に旭川・釧路間の鉄道が開通して芽室駅が開業すると、新市街へ移る住民が増加したため、明治44年(1911年)に世話人らが神社の奉遷を協議し、現在地にあたる公共用地の一部を借り受けて社殿を建設した。翌明治45年(1912年)4月27日に竣工し、再建遷座祭を執行した。その後も社殿と社務所は時代に合わせて数回改築され、現在の社殿は昭和45年(1970年)、社務所は昭和55年(1980年)に竣工している。社殿は神明造で、例祭日は9月10日である。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
https://hokkaidojinjacho.jp/
