矢不来天満宮 - 神社ファン

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矢不来天満宮

やふらいてんまんぐう

北海道北斗市矢不来138番地

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北海道北斗市矢不来138番地

かんたんご利益

  • 学業
矢不来天満宮には

「学業・技芸系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

受験合格 学問成就

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

天満・天神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

矢不来天満宮は北海道北斗市に鎮座する神社。御祭神は菅原道眞公の1柱をまつる。
社格は旧村社。
嘉吉3年(1443年)、安藤盛季が矢不来に館を築いたことに始まる。長禄元年(1457年)には、アイヌとの戦いに際して霊験を感じた舘主・下国安藤式部大輔安部家政が、家臣の池田半太夫源輝元に命じて祭祀を執り行わせたことが神社の起こりと伝えられている。
その後、貞享5年(1688年)に下国儀季、元禄14年(1701年)に下国要季が社殿を造営し、同年には吉川六兵衛が拝殿を建立した。さらに、宝暦2年(1752年)には下国細見、明和3年(1766年)には下国但見安部季政、天明3年(1783年)7月には下国勘由がそれぞれ再建を行い、元治元年(1864年)にも社殿が再建されるなど、歴代の領主や地域の人々によって維持されてきた。
明治8年(1875年)には村社へ列せられた。明治15年(1882年)には下国安芸が茂辺地に遥拝殿を再建し、明治28年(1895年)にはその遥拝殿が移転された。さらに、大正6年(1917年)には本殿を矢不来から茂辺地へ移し、同年に神饌幣帛料供進神社に指定された。昭和3年(1928年)には上磯町字矢不来138番地へ移転し、昭和43年(1968年)には社殿を神明造へ改築して現在の姿となった。
合祀の歴史としては、元和元年(1615年)9月創祀の舘稲荷神社が明治11年(1878年)に合祀されている。また、社宝には文政12年(1829年)の松前章広筆による額面、寛政8年(1796年)2月製作の締太鼓欅胴、文久3年(1863年)9月25日の松前神楽式湯立用釜、天保11年(1840年)5月建立の花崗岩製明神大鳥居、文政10年(1827年)7月建立の花崗岩製明神鳥居など、多くの貴重な文化財が伝えられている。さらに、昭和57年(1982年)7月3日には境内全域が城跡とともに国の史跡に指定された。
社殿は神明造、本殿は流造の様式で建てられ、例祭は毎年9月25日に斎行される。また、例祭では松前神楽式神輿渡御に伴う奴振行列が執り行われ、地域に受け継がれてきた伝統行事として多くの人々に親しまれている。
  • 村社
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/