島義勇の像 | 北海道神宮 - 神社ファン

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関脇

北海道神宮

ほっかいどうじんぐう

北海道札幌市中央区宮ケ丘474番地

😞 🙁 😐 🙂 😄

島義勇の像

更新日:2026年6月24日

「開拓の父」島義勇の銅像

神門の左側に建つ銅像は、平安装束姿の島義勇(しま よしたけ)です。高さ約4メートルの堂々とした銅像で、1974年(昭和49年)に没後100年を記念して建立されました。
島義勇は幕末から明治時代にかけて活躍した佐賀藩士で、北海道開拓の礎を築いた人物として知られています。明治政府では開拓使判官を務め、札幌の街づくりを主導したことから「開拓の父」と呼ばれています。
島判官銅像禁樹なずな(wikipedia)
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北海道神宮の由緒によると、島義勇は明治天皇の勅を受け、大国魂神・大那牟遅神・少彦名神の御神霊を奉じて函館から札幌へ向かい、札幌神社(現在の北海道神宮)の創建に尽力したと伝えられています。その功績から、北海道神宮の境内には現在も銅像が建てられています。
島義勇が札幌に入った当時、この一帯は現在のような大都市ではなく、豊平川周辺に広がる原野でした。島は札幌を北海道開拓の中心地と定め、道路や区画の整備、官庁街の配置など都市の基礎づくりを進めました。
現在の札幌中心部に広がる碁盤目状の街並みは、島が描いた都市計画を基礎として整備されたものです。150年以上が経過した現在でも札幌の中心部にはその面影が色濃く残っており、島義勇の先見性の高さを物語っています。
一方で、島の開拓政策は急進的だったことから周囲との対立も多く、開拓使判官としての在任期間は半年余りでした。しかし、その短い期間に北海道開拓の方向性を示した功績は大きく、後に「北海道開拓の父」と称えられるようになりました。
北海道神宮を参拝する多くの人は開拓三神に手を合わせますが、その御神霊を札幌へ奉じ、神社創建に尽力したのが島義勇でした。現在の北海道神宮の歴史を語るうえで欠かすことのできない人物です。
また、島義勇は「判官さま」の愛称でも親しまれています。北海道神宮境内にある六花亭神宮茶屋店で販売されている名物焼き餅「判官さま」も、島義勇の官職であった「判官」に由来しています。参拝後に判官さまを味わいながら、北海道開拓の歴史に思いを馳せてみるのもおすすめです。
北海道神宮だけでなく札幌市役所前にも銅像が建てられており、現在も北海道の発展に貢献した偉人として広く敬愛されています。

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