藤原采女亮政之
ふじわらうねめのすけまさゆき
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公家(貴族)
- 髪結い
室町 [~1335年]
藤原采女亮政之とは?
藤原采女亮政之(?-1335)は鎌倉時代の武士。藤原晴基の三男であり、藤原鎌足の子孫にあたる。名にある采女亮は宮中の官職名であり、内裏にて天皇の身辺の世話役として子女の管理をする役職であった。政之の父晴基は第90代亀山天皇の代に北面の武士として天皇上皇の近辺警護の任にあたっていた。その際に宝物である宝刀「九王丸」を失くすという失態を犯し、責任を痛感し職を辞し宝刀の探索のために政之を伴い諸国行脚の旅にでた。蒙古の襲来に備えて多くの武士が集まっている下関にて宝刀に出会えると考えた父晴基は、この地に下り髪結いで高い収入を得ていた新羅人から髪結いの技術を政之と共に学んだ。政之の髪結いの技は特に優れ、亀山八幡宮の裏手に武士らを対象に髪結所を開くまでになる。この髪結い所に亀山天皇を祀る祭壇と藤原家の掛け軸を飾る床の間があったことから髪結い所を「床屋」と呼ぶようになったと言われている。父晴基は宝刀を見つけることが出来ないまま没し、政之は下関から幕府のある鎌倉に移り髪結い所を開く。政之の技術は鎌倉幕府においても高く評価され、終生重宝されたと言われている。 政之は京都市右京区嵯峨にある御髪神社に祭神として祀られている。御髪神社は日本で唯一の髪の毛の神様と言われ、理容業を守護し毛髪守護のご利益があるとされている。
ご神徳
理美容業守護 毛髪守護
祀られている主な神社
御髪神社
(京都府右京区嵯峨小倉山田渕山町10-2)
