東郷平八郎
とうごうへいはちろう
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング776位
- 軍人
江戸~昭和 [1848年~1934年]
東郷平八郎とは?
東郷平八郎(1848-1934)は江戸時代後期~大正時代の軍人。父親は薩摩藩士東郷吉左衛門、母親は海江田信義の娘テツである。薩摩藩の下級武士の子として生まれた平八郎は薩英戦争に初陣として従軍、戊辰戦争では春日丸に乗船し函館まで転戦した。維新がなり新政府になると平八郎は英国に留学し、海軍予備校バーニーズアカデミーでは軍事を学び商船学校のウースター協会では操船と国際法を学んだ。帰国後も海軍で艦隊勤務に従事し、日清戦争では、豊島沖海戦、黄海海戦、威海衛海戦など多くの海戦で功績を挙げる。日清戦争終結後、大日本帝国海軍では新たに連合艦隊が編成され平八郎は司令長官に着任する。104年に勃発した日露戦争では連合艦隊旗艦である三笠に乗船し、旅順港交戦や黄海海戦などに勝利し、日本海海戦では当時世界最強とされていたロシアのバルチック艦隊を撃破。日本を日露戦争の勝利に導いた平八郎は大勲位菊花大綬章と功一級金鵄勲章を授与され、伯爵の爵位を得る。平八郎の活躍は東洋のネルソンと謳われ、日本人で初めてTIME誌の表紙を飾るに至った。 平八郎は東京都渋谷区にある東郷神社に祭神として祀られている。平八郎は軍神として世界中の軍人時からの崇敬を集めており、米海軍のニミッツ元帥なども「最も偉大な海軍軍人に敬意を捧げる」とメッセージを寄せている。
ご神徳
勝運
