栂野彦八 神社の神様 - 神社ファン

栂野彦八

とがのひこはち

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

江戸 [1762年~1807年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 栂野彦八とは?

    栂野彦八(1762-1807)は江戸時代の人物。越中国(現在の富山県)の四方町にて、代々で町役人を務めた栂野家の生まれ。彦八は幼い頃から読み書きやそろばんに優れ、目下に対しても偉ぶることのない聡明な男であった。能力的にも人間的にも優れた人物であったため、町の人々からの信頼は厚く、彦八は15歳の若さで町年寄に任じられている。四方町には富山藩唯一の漁港があったため町民の大半が漁師で、獲れた魚を富山城下で売って生計を立てていた。しかし富山藩は突如として個人間での魚の売買を禁じ、税金の取れる魚市場での取引のみを認める政策を取り、町は餓死者が続出するほどに追い込まれる。そのため彦八は禁止撤回の嘆願書を送ったが、奉行は再三の嘆願にも応じなかった。そこで彦八は単身で奉行の屋敷に乗り込み、その場で切腹して悪政に抗議した。この一件が富山藩主・前田公の耳に入ると奉行は免職され、売買禁止命令は直ちに解かれている。 命と引き換えに町を救った彼の偉業を称え、町民は諏訪の森近くに彦八の石像と祠を立てたという。これが長きに渡って町民の信仰を集めたため、のちに祠は四方神社に合祀され、彦八を祀る「都賀比古神社」として残された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。