竹内立左衛門
たけうちりゅうざえもん
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング4751位
- 藩士(西条藩)
- 開拓者
江戸 [1741年~1794年]
竹内立左衛門とは?
竹内立左衛門(1741-1794)は江戸時代の人物。伊予国・西条藩(現在の愛媛県西条市)の武士で、西条藩六代藩主・松平頼謙の家臣。立左衛門は優秀な男だったため主君からの信任も厚く、1776年には郡奉行に任じられている。立左衛門の功績として特に多大なのが、1778年から開始された「禎瑞新田《ていずいしんでん》」の開発である。禎瑞新田は西条藩の主導により造成された複数の新田の中で最大規模を誇り、加茂川と中山川の河口部にあった干潟を約300ヘクタールに渡って拓いたもの。この大工事において立左衛門は「新田築方御用掛」を務めた。現代の言葉に言い換えるならば、埋め立て工事における設計監督の役割である。藩主の命を受けた立左衛門は、5年の歳月と約2万両の工費、そして延べ5万人もの人力を投じ、見事にこの大工事を成功させてみせた。以上のような活躍から、立左衛門は禎瑞新田開拓の祖として名を遺している。 なお立左衛門は開拓にあたって藩内祈願所六社の神主を招き、祠を立てて工事の無事完成を祈願したという。祠の立てられた場所は1782年に「嘉母神社」の名で禎瑞地域の産土神となり、後に立左衛門も同神社の祭神に名を連ねている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
