松平定綱 神社の神様 - 神社ファン

松平定綱

まつだいらさだつな

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
松平定綱

長寿院所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング776位

  • 藩主(山川藩
  • 下妻藩
  • 掛川藩
  • 淀藩
  • 大垣藩
  • 桑名藩)

江戸 [1592年~1652年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 松平定綱とは?

    松平定綱(1592-1652)は江戸時代の武士。松平定勝の子で松平定良らの親。徳川家康の異父弟定勝の3男として生まれる。江戸幕府2代将軍・徳川秀忠に仕え、下総国(茨城県)山川に5千石の領地を与えられる。後に1万石が加増され、1万5千石の大名となり山川藩を立藩した。大坂冬の陣・夏の陣では書院番頭として活躍し、その功により常陸国(茨城県)下妻藩3万石に転封となった。その後も遠江国(静岡県)掛川藩3万石、山城国(京都府)淀藩3万5千石、美濃国(岐阜県)大垣藩6万石、伊勢国(三重県)桑名藩11万石と転封を重ねている。定綱が最後に藩主を務めた桑名藩では名君として知られ、新田開発や田畑の灌漑、学術・産業の発展などに尽力した。 定綱は平野神社(三重県いなべ市)や鎮国守国神社(三重県桑名市)などで祭神としてまつられている。平野神社は、この地方の開墾に力を尽くした定綱を慕う領民の希望により、御霊大明神としてまつったことが始まりとされる。鎮国守国神社は、定綱の子孫である久松松平家9代目・松平定信が、陸奥国(福島県)白河城内に定綱をまつったことに始まる。定信の嫡男・定永の移封に伴い桑名城へ遷祀され、後に定信も合祀された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。