源義光
みなもとのよしみつ
- 歴史的人物
- 男神・男性

月岡芳年

国文学研究資料館(日本百将伝 - 歌川国芳 CC BY-SA 4.0)
祭神ランキング405位
- 武人
平安 [1045年~1127年]
源義光とは?
源義光(1045-1127)は平安時代の人物。父に源頼義を持ち、兄弟に義家、義綱がいる。また、後の戦国時代に活躍する甲斐武田氏、常陸佐竹氏、南部氏の祖にも当たる。義光は長兄の義家を慕っており、後三年の役においては義家の苦戦を知ると天皇に直訴してまで助けに駆けつけようとした。義家の死後、義光は棟梁への野心を抱き、長兄と不仲であった義綱親子を陥れて跡継ぎである義忠の暗殺を成し遂げる。しかし、この企てが朝廷の知るところとなり、義綱親子は討伐、義家は常陸に逃げ延びた。この騒動によって河内源氏は凋落し、義光自身も三井寺にて没した。腹黒い策略家のような印象を受ける義光だが、その一方で弓馬の術に長け、笙にも長けていたと言われる。また、古武道の大東流合気柔術では、義光を開祖としている。義光と縁のある神社仏閣は多いが、なかでも有名なのは彼が元服を行った三井寺(滋賀県大津市)の新羅善神堂である。新羅大明神の前で元服をしたため、義光は新羅三郎と名乗っていた。 義光を祀る神社で代表的なものは、平塚神社(東京都北区)である。神社には義家、義綱も合祀されており、三兄弟を合わせて平塚三所大明神と称される。ご利益は、騎馬上達、武芸上達、立身出世などである。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
新羅三郎しんらさぶろう
その他
