吉良親実
きらちかざね
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~安土桃山 [1563年~1589年]
吉良親実とは?
吉良親実(1563-1588)は安土桃山時代の土佐国(高知県)の武将。父親は長宗我部元親の弟吉良親貞である。武術や戦略に長け儒学にも精通した有能な武将であった。戦国大名である元親の娘を妻として娶っていることからも有能さが裏付けられている。もともと剛毅な性格であり、元親と羽柴秀吉の軍が激突した引田の戦いなどでも活躍し武功を挙げているが、元親の側近武将久武親直とは折り合いが悪く常に対立していた。1586年に元親の嫡男である信親が合戦で討ち死にすると長宗我部家内に跡目相続の争いが勃発し、親実は元親の次男・香川親和を長幼の序を建前として推挙し、四男である長宗我部盛親を推挙した親直との諍いは決定的なものとなる。親実は持ち前の気性の荒さから主君である元親にたびたび進言をするが、この行動が裏目となり、切腹を命じられ一命を落とすことになる。親実切腹の際には家臣7名も殉死し、その後近隣の土地で怪異が頻発し7人ミサキの祟りと恐れられるようになる。この怪異を聞きつけた元親は墓地に木塚明神を建立して慰霊につとめた。 親実は吉良神社に祭神として祀られている。ご利益は怪我除けとされ、吉良神社は親実の館跡に建立された神社であり、境内には殉死した7人の家臣も七社明神として祠が立てられている。
ご神徳
怪我除け
祀られている主な神社
吉良神社
(高知県高知市春野町西分3521番)
