紀貫之
きのつらゆき
- 歴史的人物
- 男神・男性

狩野探幽(三十六歌仙額 パブリック・ドメイン)

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング457位
- 公家(貴族)
- 歌人
平安 [866年または872年頃~945年]
紀貫之とは?
紀貫之(868?-945?)は平安前期の官人であり歌人。父親は紀望行。紀氏は武内宿禰を遠祖とする本来は武人の家系であったが、平安時代には藤原氏の勢力に圧倒され政治の世界での出世は困難な状況であった。貫之もまた御書所預、内膳典膳、美濃介、木工権頭などの官職についたが40歳でようやく従五位上の位をいただくにとどまっている。歌人としては後世に名を遺す日本で最も尊敬されている人物の一人である。905年には醍醐天皇の勅命により日本最初の勅撰集「古今集」を従兄弟の紀友則と共に編纂に当たる。しかし半ばにして友則が亡くなったために実質「古今集」の編纂は貫之の功績と評価することができる。「古今集」の中には貫之自身の和歌が102首撰入されており、序文である仮名序は仮名で記された日本最初の歌論としてこの先の和歌の方向性に大きく影響を与えている。晩年に赴任地である土佐から帰京する様を散文として書き記した「土佐日記」は仮名で記された日本最初の文学として評価が高い。 貫之は愛媛県松山市に鎮座する紀貫之社に祭神として祀られている。この地には紀貫之来遊伝説がのこされており、そのため花垣の里とも称される。また、滋賀県大津市に鎮座する福王寺神社においても祭神として祀られている。
ご神徳
祀られている主な神社
代継宮
(熊本県北区龍田3丁目25−1)
福王子神社
(滋賀県大津市南志賀2-19-1)
天満宮神社
(滋賀県日野町河原504)
梅田神社
(京都府福知山市三和町辻456)
春日神社
(京都府福知山市三和町友渕744)
