豊日別
とよひわけ
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豊日別とは?
豊日別は『古事記』などに登場する国魂。伊邪那岐命と伊邪那美命の国生みによって生まれた大八島国の第4の島・筑紫島(九州)は、一つの体に四つの面を持つとされ、そのうち豊国を表す名が豊日別である。他の3つの面は、筑紫国を白日別、肥国を建日向日豊久士比泥別、熊曾国を建日別という。豊国は後に豊前国と豊後国に分かれ、現在の福岡県東部から大分県にかけての地域にあたる。
豊日別は豊国という土地そのものを神格化した存在と考えられる。神名の「豊日」については、豊かな光を放つ太陽を意味するとする説や、豊国という国名に由来するとする説などがある。『古事記』では豊日別自身の具体的な事績や物語は語られておらず、筑紫島を構成する四つの国の一つを表す神名として登場する。
『豊後国風土記』には、豊日別とは別に豊国の国名の由来を語る説話が伝えられている。景行天皇の時代、当地で天地からの祥瑞とされる不思議な出来事が起こり、その報告を受けて喜んだ天皇が「豊国」と名付けたとするものである。これは『古事記』の豊日別の由来を直接説明したものではないが、古代における豊国の名称にまつわる伝承の一つとして伝えられている。
豊日別は福岡県行橋市の豊日別宮、大分県中津市の闇無濱神社などで祭神として祀られている。豊日別宮には猿田彦のお告げによって創建されたとの伝承があり、西海鎮護の神として朝廷から崇敬を受けたと伝えられている。また福岡県北九州市の菅原神社にも豊日別が祀られ、小倉府内の氏神として信仰された神が明治時代に合祀されたと伝えられている。豊国の国魂として、地域守護、国土安泰、五穀豊穣などの神として信仰されている。
エピソード
『古事記』上巻の国生み段では、伊耶那岐神と伊耶那美神が生んだ筑紫島は「身一つにして面四つ有り」と記される。筑紫国の面を白日別、豊国の面を豊日別、肥国の面を建日向日豊久士比泥別、熊曾国の面を建日別と呼ぶ。豊日別は、独立した冒険譚を持つ神というより、豊国を神名で表した存在として登場する。
この記述でいう豊国は、後の豊前国・豊後国にあたる地域を指す。神名データベースの解説によれば、これらの国々は七世紀末ごろに分かれたとされる。『日本書紀』にも筑紫洲は登場するが、四つの面とそれぞれの国名を並べる形では記されない。したがって、豊日別を九州全体の守護神とする後世の信仰と、『古事記』が豊国の名として記す姿は、成立した文脈を分けて捉える必要がある。
出典・参考:『古事記』上巻・国生み段、國學院大學古典文化学事業「豊日別」「筑紫島」
豊日別は、豊国を表す神名として『古事記』に記される一方、後世には地域の神社で国魂として祀られてきた。福岡県行橋市南泉の豊日別宮は、草場神社とも呼ばれ、福岡県の観光案内は祭神を豊の国魂である豊日別命としている。平凡社『日本歴史地名大系』も、同社が豊日別国魂宮などの名で呼ばれたことを記録する。
大分県中津市の闇無濱神社の公式由緒では、同社は明治5年(1872)まで豊日別国魂神社と呼ばれていたという。また、重松家の祖が崇神天皇の時代に日向から中津へ移り、豊日別国魂神の示現を受けて社を建てたとも伝える。これは神社に伝わる由緒であり、記紀の記述や同時代の史料で確認された創建記録とは区別される。豊日別が国を表す神名から地域の祭神として信仰されてきたことを知る手掛かりである。
出典・参考:平凡社『日本歴史地名大系』「豊日別宮」、闇無濱神社公式サイト「御祭神」、福岡県観光連盟「豊日別宮」
出典文献
古事記
先代旧事本紀
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
とよひわけ
古事記/先代旧事本紀
神様グループ
祀られている主な神社
到津八幡神社
(福岡県小倉北区上到津1丁目8−1)
温泉神社
(長崎県雲仙市小浜町雲仙319番)
高住神社
(福岡県小倉南区井手浦268番)
高住社
(福岡県添田町添田1561番)
木実原神社
(福岡県苅田町神田町1-29-3)
