大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇 神社の神様 - 神社ファン

大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇

おおやまとねこひこくにくるのみこと/こうげんてんのう

  • 神話・伝説
  • 男神・男性
大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇

三英舎(御歴代百廿一天皇御尊影 パブリック・ドメイン)

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  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇とは?

    大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇は記紀神話などに登場する男神。彦国牽尊、軽境原宮御宇天皇などの別名をもつ。孝元天皇は奈良時代の皇族・文章博士の淡海三船が選定した漢風諡号。第7代孝霊天皇と細比売命の子で、若倭根子日子大毘毘命(第9代開化天皇)らの親。皇后は内色許売命。異母兄弟に夜麻登登母母曽毘売命、大吉備津日子命らがいる。歴代天皇の中で、その実在を疑問視される「欠史八代」の1人。19歳の時に皇太子となる。父帝崩御に伴い第8代天皇として即位し、軽の堺原宮を都とした。在位期間は57年とされ、古事記は57歳で没したと伝える。中山塚1-3号墳(奈良県橿原市)が剣池島上陵として宮内庁に治定されている。 大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇は牟佐坐神社(奈良県橿原市)、御霊神社(京都府亀岡市)などで祭神としてまつられている。牟佐坐神社の創建当初は生雷神を祭神としていたが、この地が軽境原宮の伝承地とされたことから、祭神としてまつられるようになったと考えられている。御霊神社は天災によって起きた悪疫を怨霊の仕業とし、この怨霊を鎮めるために祈願したことに始まる。異母兄弟の彦五十狭芹彦命(大吉備津日子命)と共にまつられている。

    出典文献

    古事記

    日本書紀

    先代旧事本紀

    新撰姓氏録

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    大倭根子日子国玖琉命

    おおやまとねこひこくにくるのみこと

    古事記

    彦国牽尊

    ひこくにくるのみこと

    日本書紀

    大日本根子彦牽天皇

    おおやまとねこひこくるのすめらみこと

    日本書紀

    大日本根子彦国牽天皇

    おおやまとねこひこくにくるのすめらみこと

    日本書紀/先代旧事本紀

    孝元天皇

    こうげんてんのう

    日本書紀/先代旧事本紀/新撰姓氏録

    大日本根子彦国牽尊

    おおやまとねこひこくにくるのみこと

    先代旧事本紀

    大日本根子彦国牽皇太子尊

    おおやまとねこひこくにくるひつぎのみこのみこと

    先代旧事本紀

    彦国牽皇子

    ひこくにくるのみこ

    先代旧事本紀

    神様グループ

    欠史八代 

    祀られている主な神社

    式内楯原神社
    (大阪府平野区喜連6-1-38)
    牟佐坐神社
    (奈良県橿原市見瀬町718)
    八天宮社
    (山梨県甲州市塩山中萩原三六〇一)
    布制神社
    (長野県長野市篠ノ井石川字布制山2173)
    清滝神社
    (滋賀県米原市清滝312)