和気神社 鹿児島県 - 神社ファン

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和気神社

わけじんじゃ

鹿児島県霧島市牧園町宿窪田3986

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鹿児島県霧島市牧園町宿窪田3986

鳥居と拝殿

Tam0031(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

和気神社は鹿児島県霧島市に鎮座する神社。御祭神は正一位護王大明神(和気清麻呂公)の1柱をまつる。
社格は旧県社。
和気清麻呂公は、奈良時代に宇佐八幡神託事件で僧道鏡の皇位継承に反対し、その後、神護景雲3年(769年)に大隅国へ流された。
清麻呂公は、都へ召し戻されるまで現在の霧島市牧園町周辺で過ごしたと伝えられる。神社周辺には、その足跡を伝える和気湯や腰掛石が残る。犬飼滝の下流にある和気湯は清麻呂公が入浴したと伝えられる温泉で、腰掛石は浴後に腰を掛けたと伝承される石である。嘉永6年(1853年)、薩摩藩28代藩主・島津斉彬は大隅・日向の諸郷を巡視した際に犬飼付近へ立ち寄り、八田知紀に命じて和気清麻呂公の遺跡を調査させた。その結果、中津川犬飼の現在地が清麻呂公ゆかりの地として確認された。
明治維新後は和気清麻呂公を顕彰する動きが進み、遺跡地7か所に記念碑が建立された。皇紀2600年を機に神社創建の気運が高まり、昭和12年(1937年)4月には地元有志の浄財によって和気祠堂が建立された。
昭和14年(1939年)には和気清麻呂公精忠顕彰会が発足し、県議会の議決と県知事の承認を経て、昭和17年(1942年)5月6日に県社和気神社の創立が内務省神祇院から許可された。昭和18年(1943年)2月11日には地鎮祭が執り行われ、社殿の建設が進められた。
昭和21年(1946年)3月17日に鎮祭奉祀が執行されたが、戦後は国の管理を離れ、社殿の維持が困難となって荒廃が進んだ。
昭和54年(1979年)4月には和気神社復興奉賛会が発足し、県内各地で募金活動が行われた。昭和57年(1982年)6月2日には腐朽や雨漏りが進んでいた社殿屋根の応急補修が行われ、桧皮葺からカラートタン葺へ改修された。さらに昭和61年(1986年)4月10日には地元有志による和気神社崇敬会が発足し、境内整備と神社の維持管理が続けられている。
社宝には高さ約45cmの和気清麻呂公木像が伝えられている。
神社の近くには和気公園があり、4月中旬から5月初旬にかけて藤の花が見頃を迎える。周辺には犬飼滝、和気湯、腰掛石など清麻呂公にまつわる伝承地が残り、坂本龍馬夫妻の新婚旅行を記念する碑も建てられている。
  • 県社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%B0%97%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E5%B8%82)
鹿児島県神社庁
https://www.kagojinjacho.or.jp/