川南護国神社 - 神社ファン

有名度

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川南護国神社

かわみなみごこくじんじゃ

宮崎県児湯郡川南町大字川南

宮崎県児湯郡川南町大字川南

川南護国神社以外にも 挺進神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

川南護国神社は宮崎県児湯郡川南町に鎮座する神社。御祭神は川南村出身の戦没者約630柱の英霊、陸軍挺進部隊戦没者12000柱の英霊の2柱をまつる。
川南町の唐瀬原地区には、昭和16年、南方戦線での奇襲作戦に備えて陸軍空挺落下傘部隊が創設された。陸軍挺進練習部は昭和15年12月に横浜飛行学校内に設けられ、その後、白城子飛行学校を経て宮崎県新田原へ移転し、昭和16年9月には陸軍総監隷下の陸軍挺進練習部として独立した。
昭和18年、陸軍挺進練習部は新田原から唐瀬原へ移転し、広大な降下場や兵営が整備された。唐瀬原は空挺部隊の訓練拠点となり、レイテ島へ出撃した高千穂降下部隊や、義烈空挺隊の母隊である挺進第一聯隊もこの地で訓練を重ねた。
昭和19年には、陸軍挺進練習部の構内に挺進神社が創建され、空挺部隊の戦死者と殉職者が祀られた。終戦後、挺進神社は米軍によって焼失したと伝えられている。
昭和24年3月、地元の護国神社が再建され、挺進神社に祀られていた陸軍挺進部隊の戦没者も合祀された。以来、川南村出身の戦没者と旧陸軍空挺落下傘部隊の戦没者をともに祀る神社として現在に至っている。
例祭は毎年3月21日と11月23日に斎行される。11月23日には、戦争・事変および陸軍空挺落下傘部隊の慰霊祭が執り行われ、部隊関係者や遺族などが全国から参列する。境内には昭和38年建立の「空挺落下傘部隊発祥之地碑」も建ち、唐瀬原と空挺部隊の歴史を伝えている。
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神社詳細

摂末社・境内社

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文化財

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%8D%97%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE