有名度
前頭火男火売神社 上宮
ほのおほのめじんじゃ じょうぐう
大分県別府市南立石
大分県別府市南立石

かんたんご利益
御祭神
火之加具土命 ほのかぐつちのみこと
火焼速女命 ひやきはやめのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
火男火売神社 上宮は大分県別府市に鎮座する神社。御祭神は火之加具土命、火焼速女命の2柱をまつる。
社格は旧県社。
火男火売神社は、鶴見岳山頂の上宮、中腹の中宮、山麓の下宮からなる神社である。上宮は鶴見岳山頂に鎮座し、中宮、下宮とともに古くから鶴見岳の信仰を伝えてきた。
文献上の初見は嘉祥2年(849年)で、『続日本後紀』には火男火売神が従五位下の神階を授けられたことが記されている。
貞観9年(867年)1月には鶴見岳が噴火した。『日本三代実録』には、朝廷が豊後国司に命じて火男火売神社で大般若経を読誦させたことが記される。同年2月には火男神が従五位上、火売神が従五位下となり、8月には両神とも正五位下へ昇叙された。
延長5年(927年)に成立した『延喜式』神名帳には、「火男火売神社二座」と記載された。その後、中世には鶴見権現と称され、建治2年(1276年)には一遍上人が参詣したとの伝承が残る。
天正年間(1573~1592年)には、大友宗麟の兵火によって社殿や古文書が焼失したと伝えられる。寛文4年(1664年)には森藩主久留島道清が下宮を再建し、社殿の復興が進められた。
上宮は標高約1,300mの鶴見岳山頂に鎮座し、別府湾や由布岳を望む場所に位置する。現在は鶴見岳ロープウェイを利用して参拝することができる。
例祭は毎年10月第3土曜日と日曜日に執り行われる。このほか、歳旦祭、祈年祭、夏越大祓、夏祭、新嘗祭など年間を通じて祭典が斎行されている。
社格は旧県社。
火男火売神社は、鶴見岳山頂の上宮、中腹の中宮、山麓の下宮からなる神社である。上宮は鶴見岳山頂に鎮座し、中宮、下宮とともに古くから鶴見岳の信仰を伝えてきた。
文献上の初見は嘉祥2年(849年)で、『続日本後紀』には火男火売神が従五位下の神階を授けられたことが記されている。
貞観9年(867年)1月には鶴見岳が噴火した。『日本三代実録』には、朝廷が豊後国司に命じて火男火売神社で大般若経を読誦させたことが記される。同年2月には火男神が従五位上、火売神が従五位下となり、8月には両神とも正五位下へ昇叙された。
延長5年(927年)に成立した『延喜式』神名帳には、「火男火売神社二座」と記載された。その後、中世には鶴見権現と称され、建治2年(1276年)には一遍上人が参詣したとの伝承が残る。
天正年間(1573~1592年)には、大友宗麟の兵火によって社殿や古文書が焼失したと伝えられる。寛文4年(1664年)には森藩主久留島道清が下宮を再建し、社殿の復興が進められた。
上宮は標高約1,300mの鶴見岳山頂に鎮座し、別府湾や由布岳を望む場所に位置する。現在は鶴見岳ロープウェイを利用して参拝することができる。
例祭は毎年10月第3土曜日と日曜日に執り行われる。このほか、歳旦祭、祈年祭、夏越大祓、夏祭、新嘗祭など年間を通じて祭典が斎行されている。
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