有名度
前頭八坂社(富来神社)
やさかしゃ(とみくじんじゃ)
大分県国東市国東町富来浦857番
大分県国東市国東町富来浦857番

かんたんご利益
- 健康
- 仕事
- 金運
- 厄除
八坂社(富来神社)には
「健康系」「仕事系」「金運系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
災難除け 疫病除け 五穀豊穣
他にも公式情報以外で有名な御利益として
金運
があります。御祭神
左右両殿に23柱
神社系統
この神社の主な系統は
「祇園・須佐系」
です。他に 「不明(1柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八坂社(富来神社)は大分県国東市に鎮座する神社。御祭神は、素戔嗚尊、左右両殿に23柱をまつる。
社伝によれば、村上天皇の天徳3年(959)正月、常陸国石井大明神の祢宜であった岡仁兵衛政弘が播磨国の廣峯神社に参籠し、満願の日に神託を受けたことが八坂社の起こりとされる。神託を受けた政弘は、神の御姿を小舟に載せて海へ流した。舟は豊後国国東郡富来浦の三つ石に漂着し、富来、富来浦、浜崎、堅来、深江、大恩寺の人々がこれを迎え、磯の神と呼ばれる場所で神饌を供えたという。その後、神霊は一時的に富来丸山へ鎮座し、同年11月に社殿が完成すると現在地へ奉遷されたと伝えられている。
中世以降は牛頭天王信仰と結びついて崇敬を集め、明治の神仏分離を経て素戔嗚尊を主祭神とする神社となった。
境内には鳥居、神門、拝殿、本殿が建ち、神門や本殿には精巧な木彫が施されている。神門干支恵方盤や神門扉彫刻、神門柱彫刻、本殿木造彫刻は国東市指定有形文化財となっている。本殿裏には運玉を抱えた唐獅子像が置かれ、拝殿脇には樹齢1500年余と伝わる樫の御神木が立つ。境内には胡桃の木も植えられており、初夏にはアオバズクが飛来することで知られる。
祭事としては、春の祈年祭、夏季大祭、秋の新嘗祭などが執り行われている。
社伝によれば、村上天皇の天徳3年(959)正月、常陸国石井大明神の祢宜であった岡仁兵衛政弘が播磨国の廣峯神社に参籠し、満願の日に神託を受けたことが八坂社の起こりとされる。神託を受けた政弘は、神の御姿を小舟に載せて海へ流した。舟は豊後国国東郡富来浦の三つ石に漂着し、富来、富来浦、浜崎、堅来、深江、大恩寺の人々がこれを迎え、磯の神と呼ばれる場所で神饌を供えたという。その後、神霊は一時的に富来丸山へ鎮座し、同年11月に社殿が完成すると現在地へ奉遷されたと伝えられている。
中世以降は牛頭天王信仰と結びついて崇敬を集め、明治の神仏分離を経て素戔嗚尊を主祭神とする神社となった。
境内には鳥居、神門、拝殿、本殿が建ち、神門や本殿には精巧な木彫が施されている。神門干支恵方盤や神門扉彫刻、神門柱彫刻、本殿木造彫刻は国東市指定有形文化財となっている。本殿裏には運玉を抱えた唐獅子像が置かれ、拝殿脇には樹齢1500年余と伝わる樫の御神木が立つ。境内には胡桃の木も植えられており、初夏にはアオバズクが飛来することで知られる。
祭事としては、春の祈年祭、夏季大祭、秋の新嘗祭などが執り行われている。
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神社詳細
摂末社・境内社
末社 生目八幡社
祭神不明末社 五十鈴社
祭神不明末社 日月社
祭神不明末社 金刀比羅社
祭神不明末社 稲荷社
祭神不明境内社 天満社
祭神不明境内社 厳島社
祭神不明末社 山神社
祭神不明末社 恵美須神社
祭神不明例祭
情報募集
文化財
彫刻
国東市 有形文化財
美術工芸 昭和38年1月27日指定
美術工芸 昭和38年1月27日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
国東市
https://www.city.kunisaki.oita.jp/site/kyouikukage/siteibunkazai.html
https://www.city.kunisaki.oita.jp/site/kyouikukage/siteibunkazai.html
