佐賀県護国神社 - 神社ファン

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佐賀県護国神社

さがけんごこくじんじゃ

佐賀県佐賀市川原町8番15号

佐賀県佐賀市川原町8番15号

拝殿

Inufuusen(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

御祭神

戊辰戦争、佐賀の乱、第二次世界大戦後の殉職自衛官などで戦死した護国の英霊約3万5千柱 ぼしんせんそう、さがのらん、だいにじせかいたいせんごのじゅんしょくじえいかんなどでせんししたごこくのえいれいやく35000はしら

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

佐賀県護国神社は佐賀県佐賀市に鎮座する神社。御祭神は戊辰戦争、佐賀の乱、第二次世界大戦後の殉職自衛官などで戦死した護国の英霊約3万5千柱をまつる。
社格は別表神社。
佐賀県護国神社の創祀は、明治3年(1870年)に旧佐賀藩主鍋島直大が祭主となり、戊辰戦争で戦死した藩士78柱を祀ったことに始まる。明治戊辰・己巳の役で殉国した人々の霊を慰めるために創建された。
明治7年(1874年)に佐賀の乱が起こると、その戦没者をはじめ、以後の各戦役で殉国した人々の英霊が合祀された。明治8年(1875年)には招魂社となり、佐賀県関係の戦没者を祀る神社として祭祀が続けられた。
昭和14年(1939年)には佐賀県護国神社へ改称され、同年に内務大臣指定護国神社となった。戦後は一時的に肥前神社と称したが、昭和27年(1952年)に佐賀県護国神社の社名へ復している。昭和36年(1961年)には昭和天皇・香淳皇后の親拝を受けた。
現在は戊辰戦争、佐賀の乱、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争などで殉国した佐賀県関係の英霊35,566柱と、戦後に殉職した自衛官27柱を祀っている。
境内は佐賀市中心部を流れる多布施川に囲まれた場所に広がる。東側正面には石造眼鏡橋が架かり、その先に石鳥居が建つ。石造眼鏡橋や石垣、川へ下りる石段、石鳥居は創建当時のものと伝えられる。境内には明治元年や明治3年の刻銘をもつ石灯籠が残り、南側には昭和13年建立の石鳥居が建っている。
また、境内には樹齢約450年とされる大楠をはじめ20本余りの楠が生育し、石造物群とともに佐賀市の都市景観重要建築物等に選定されている。例祭は毎年4月13日から15日の春季例祭と、10月13日から15日の秋季例祭が執り行われている。
  • 別表神社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

例祭 4月13日~15日・10月13日~15日

文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%B3%80%E7%B8%A3%E8%AD%B7%E5%9C%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE