徳島縣護國神社 - 神社ファン

有名度

前頭

徳島縣護國神社

とくしまけんごこくじんじゃ

徳島県徳島市雑賀町東開21-1

徳島県徳島市雑賀町東開21-1

鳥居

Sorrysorry(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

御祭神

明治戊辰の役より幾多の事変並びに戦争等の国難に殉ぜられた徳島県出身の英霊34368柱 めいじぼしんのえきよりいくたのじへんならびにせんそうとうのこくなんにじゅんぜられたとくしまけんしゅっしんのえいれい34368はしら

相殿

徳島県出身の殉職自衛官の御霊24柱 とくしまけんしゅっしんのじゅんしょくじえいかんのおみたま24はしら

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

徳島縣護國神社は徳島県徳島市に鎮座する神社。御祭神は、明治戊辰の役より幾多の事変並びに戦争等の国難に殉ぜられた徳島県出身の英霊34368柱、徳島県出身の殉職自衛官の御霊24柱をまつる。
社格は別表神社。
徳島縣護國神社の起こりは、明治12年(1879年)9月、徳島市の眉山公園内に招魂碑が建立されたことに始まる。戊辰戦争以後の戦没者を慰霊顕彰するために創祀された。
明治39年(1906年)4月、神社は徳島城跡である徳島中央公園の城山山頂へ移転した。その後、昭和13年(1938年)に徳島県招魂社として建立され、昭和14年(1939年)4月には内務大臣指定の徳島縣護國神社となった。
昭和20年(1945年)7月の徳島大空襲では、社殿や社務所などの建物を焼失した。戦後、復興が進められ、昭和33年(1958年)に官民の奉賛によって社殿が再建された。
昭和53年(1978年)には、御創社100周年記念事業として境内整備が行われた。当時の社地は徳島市から借り受けていた城山山頂にあり、史跡文化財保護地でもあったため、自動車道の整備が難しい状況にあった。参拝には山道を上る必要があり、高齢化した遺族や参拝者にとって負担の大きい環境となっていた。
平成12年(2000年)、徳島市雑賀町の篤志家から現在地の社地が寄進された。これに伴い、本殿と社務所が新築され、旧社地から拝殿、手水舎、慰霊碑などが移設された。平成15年(2003年)9月、徳島縣護國神社は現在の徳島市雑賀町東開へ遷座している。
境内には境内社の大國神社が鎮座する。昭和56年(1981年)に川﨑阿佐惠が出雲大社より神像を拝戴して創建した神社である。
現在も、8月のみたままつり、8月15日の平和祈念祭、11月1日の合祀祭、11月2日の例大祭などの祭事が行われている。境内には徳島県戦没者記念館も併設され、徳島県出身戦没者の慰霊顕彰の場となっている。
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 大國神社
大國主大神

例祭

歳旦祭 1月1日
新年祭 1月4日
左義長 1月15日
永代神楽祭 4月第1日曜日
大祓式 6月30日
みたままつり 8月1日~15日
平和祈念祭 8月15日
神恩感謝祭 9月28日
大国神社例祭 10月27日
合祀祭 11月1日
例大祭 11月2日
大祓式 12月31日
月次祭 毎月2日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://gokoku-jinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B3%B6%E7%B8%A3%E8%AD%B7%E5%9C%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE
徳島県神社庁
http://awa-jinjacho.jp/