有名度
前頭天石門別神社
あめのいわとわけじんじゃ
岡山県美作市滝宮89
岡山県美作市滝宮89

かんたんご利益
御祭神
天手力男神 あめのたぢからおのかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
天石門別神社は岡山県美作市に鎮座する神社。御祭神は天手力男神の1柱をまつる。
社格は式内社であり、美作国三宮、旧県社。
天石門別神社は、岡山県美作市滝宮に鎮座する古社である。御祭神は天手力男神で、旧社格は県社、美作国三宮と伝えられる。別名を「滝宮神社」という。
社伝では、第10代崇神天皇10年、大吉備津彦命が山陽道平定の勅命を受けて西下した際、播磨国氷上の里で道中安全を祈願したところ、吉備国雄神河の上流、早滝の下方に坐す天手力男神の神教を受けたと伝える。大吉備津彦命は神意に従って軍を進め、平定後に当地へ戻り、自ら祭主となって神恩奉謝と戦勝祝賀の祭儀を営み、天手力男神を鎮祀したという。これを天石門別神社の創始としており、本殿背後の石塚は当時の祭場跡と伝承されている。
鎮座以来2000余年の歴史を有するとされ、平安時代には朝廷からの崇敬を受けた。貞観5年(863年)には従五位上の神階を授けられ、延喜7年(907年)の『延喜式』では式内社に列した。春秋の祭祀には国費が充てられ、美作三宮として境内四方に鳥居が建立され、神田10町歩も寄進されたという。現在も周辺には「鳥居田」「神入口」「神田」など、往時に関わる地名が残る。
中世には地頭渋谷氏による社殿修造や神田・神具の寄進が行われた。天正18年(1590年)には備前長船紀伊守貞行によって社領や社有資産が没収され、古くから続いた祭礼も衰退した。慶長8年(1603年)に津山城主となった森忠政は社領50石を寄進し、森長俊は元禄4年(1691年)から本殿改築を進め、元禄10年(1697年)に完成した。現在の本殿はこの時の建築である。
近世には雨乞いの神としても信仰を集め、旱天時には祈雨参拝が行われた。また、伊勢参宮へ向かう人々が旅の安全を祈願して参拝し、帰途には絵馬を奉納した。絵馬殿には参宮関係の絵馬も伝わる。明治13年(1880年)には県社に列格した。
昭和43年(1968年)には周辺で県営ダム建設計画が持ち上がり、社殿水没の可能性が生じたため、昭和51年(1976年)から大規模な境内整備と社殿周辺工事が行われた。参道の延長や鳥居、社標碑の建立もこの時に進められた。
境内には籠殿、拝殿、本殿が建ち、本殿背後には古代祭祀遺跡と伝わる石積の塚が残る。社殿奥には落差13mの琴弾きの滝があり、美作市指定名勝となっている。滝は雄滝と雌滝の二段からなる。
境内のカヤは美作市指定天然記念物で、樹齢約400年、樹高22m、目通3.1mを測る。コウヤマキも市指定天然記念物で、樹齢約300年、樹高18m、目通2.4mとされる。
祭事は4月29日の春祭、8月第3土曜日の八朔祭、10月第4日曜日の例大祭などが行われている。
社格は式内社であり、美作国三宮、旧県社。
天石門別神社は、岡山県美作市滝宮に鎮座する古社である。御祭神は天手力男神で、旧社格は県社、美作国三宮と伝えられる。別名を「滝宮神社」という。
社伝では、第10代崇神天皇10年、大吉備津彦命が山陽道平定の勅命を受けて西下した際、播磨国氷上の里で道中安全を祈願したところ、吉備国雄神河の上流、早滝の下方に坐す天手力男神の神教を受けたと伝える。大吉備津彦命は神意に従って軍を進め、平定後に当地へ戻り、自ら祭主となって神恩奉謝と戦勝祝賀の祭儀を営み、天手力男神を鎮祀したという。これを天石門別神社の創始としており、本殿背後の石塚は当時の祭場跡と伝承されている。
鎮座以来2000余年の歴史を有するとされ、平安時代には朝廷からの崇敬を受けた。貞観5年(863年)には従五位上の神階を授けられ、延喜7年(907年)の『延喜式』では式内社に列した。春秋の祭祀には国費が充てられ、美作三宮として境内四方に鳥居が建立され、神田10町歩も寄進されたという。現在も周辺には「鳥居田」「神入口」「神田」など、往時に関わる地名が残る。
中世には地頭渋谷氏による社殿修造や神田・神具の寄進が行われた。天正18年(1590年)には備前長船紀伊守貞行によって社領や社有資産が没収され、古くから続いた祭礼も衰退した。慶長8年(1603年)に津山城主となった森忠政は社領50石を寄進し、森長俊は元禄4年(1691年)から本殿改築を進め、元禄10年(1697年)に完成した。現在の本殿はこの時の建築である。
近世には雨乞いの神としても信仰を集め、旱天時には祈雨参拝が行われた。また、伊勢参宮へ向かう人々が旅の安全を祈願して参拝し、帰途には絵馬を奉納した。絵馬殿には参宮関係の絵馬も伝わる。明治13年(1880年)には県社に列格した。
昭和43年(1968年)には周辺で県営ダム建設計画が持ち上がり、社殿水没の可能性が生じたため、昭和51年(1976年)から大規模な境内整備と社殿周辺工事が行われた。参道の延長や鳥居、社標碑の建立もこの時に進められた。
境内には籠殿、拝殿、本殿が建ち、本殿背後には古代祭祀遺跡と伝わる石積の塚が残る。社殿奥には落差13mの琴弾きの滝があり、美作市指定名勝となっている。滝は雄滝と雌滝の二段からなる。
境内のカヤは美作市指定天然記念物で、樹齢約400年、樹高22m、目通3.1mを測る。コウヤマキも市指定天然記念物で、樹齢約300年、樹高18m、目通2.4mとされる。
祭事は4月29日の春祭、8月第3土曜日の八朔祭、10月第4日曜日の例大祭などが行われている。
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出典
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/
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