石上布都魂神社 - 神社ファン

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石上布都魂神社

いそのかみふつみたまじんじゃ

岡山県赤磐市石上1448

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岡山県赤磐市石上1448

拝殿

Reggaeman(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
石上布都魂神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

学業成就 安産 癌封じ 農業振興

御祭神

素盞嗚尊 すさのおのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

石上系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

石上布都魂神社は岡山県赤磐市に鎮座する神社。御祭神は素盞嗚尊の1柱をまつる。
社格は式内社であり、備前国一宮、旧郷社。
創建年代は明らかではない。『日本書紀』神代巻の一書には、素盞嗚尊が八岐大蛇を斬った剣が吉備の神部のもとにあると記され、別の一書には、その剣を蛇之麁正といい、石上にあると記されている。江戸時代後期に大沢惟貞が編纂した『吉備温故秘録』では、記紀や『旧事本紀』『古語拾遺』などをもとに、素盞嗚尊が大蛇を斬った剣が当地にあり、崇神天皇の時代に大和国山辺郡へ移されたとの伝承を記している。剣が移された後も、当地では祭祀が続けられたと伝えられている。
平安時代に編纂された『延喜式』神名帳には、備前国赤坂郡の「石上布都之魂神社」として記載された。後世の備前国総社神名帳にもその名が記されている。
寛文9年(1669)、備前岡山藩主の池田綱政が大松山山頂の磐座にあった小祠を造営して復興した。延宝2年(1674)には社記1巻と社領20石が奉納され、社領は廃藩まで維持された。また江戸時代から、本殿や神輿の改修費用を平岡の八幡神社、寺部の熊野神社と共同で負担する制度が行われた。
明治43年(1910)、山頂にあった社殿が火災に遭い、その後、社殿は大松山中腹の現在地へ移された。山頂には本宮が鎮座し、その背後には巨岩からなる磐座が残されている。昭和20年(1945)には県社の資格があると認められたとの記録が残る。
現在の社殿は大松山の中腹にあり、拝殿は平成5年(1993)に改築された。社殿から約400m上った山頂の本宮背後には禁足地とされる巨石群があり、赤磐市は昭和59年(1984)2月18日、「布都魂神社奥の院」として市指定史跡に指定している。大岩は磐座として古くから信仰されてきた。
祭典には、4月15日に近い日曜日の祈年祭、5月3日の崇敬者大会、10月20日に近い日曜日の例祭などがある。例祭では八幡神社と合同で熊野神社へ御神幸し、熊野神社では獅子舞や棒術などが行われる。また、夏越祓では茅の輪神事が行われている。
  • 一宮(備前国 自称)
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

摂社 稲荷社
祭神不明

例祭

祈念祭 4月15日に近い日曜日
崇敬者大会 5月3日
夏祭 旧暦6月11日
例大祭 10月20日に近い日曜日
新穀感謝祭 11月23日

文化財

布都魂神社奥の院
赤磐市 史跡
文化財種別不明 昭和59年2月18日指定

建築

本殿 流造

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%B8%8A%E5%B8%83%E9%83%BD%E9%AD%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE
赤磐市
https://www.city.akaiwa.lg.jp/bunkazai/index.html
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/