有名度
前頭上位隠岐神社
おきじんじゃ
島根県隠岐郡海士町海士1784番地
島根県隠岐郡海士町海士1784番地

Bakkai(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
かんたんご利益
- 学業
- 安全
隠岐神社には
「学業・技芸系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
庁
学問成就 交通安全 所願成就
御祭神
後鳥羽天皇 ごとばてんのう
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
隠岐神社は島根県隠岐郡海士町に鎮座する神社。御祭神は後鳥羽天皇の1柱をまつる。
社格は旧県社。
承久3年(1221)、後鳥羽上皇は鎌倉幕府を相手に承久の乱を起こした。乱の後、上皇は隠岐へ配流され、海士にあった源福寺を行在所として暮らした。海士郡の公文などを務めていた村上氏が、身辺の警護や監視にあたったと伝えられている。
後鳥羽上皇は京都へ戻ることなく、延応元年(1239)2月22日に隠岐で崩御した。2月25日に源福寺の裏山で火葬され、その地には遺灰を納めた火葬塚が営まれた。現在も隠岐神社に隣接して後鳥羽天皇御火葬塚が残されている。
万治元年(1658)、松江藩主の松平直政が廟殿を造営した。江戸時代末期の絵図には、火葬塚の場所に後鳥羽院神社が描かれており、後鳥羽院を祀る祭祀が行われていたと伝えられている。
明治6年(1873)、後鳥羽院の御霊は大阪府三島郡島本町の水無瀬神宮へ奉遷された。翌明治7年(1874)には後鳥羽院神社が取り払われたが、その後も旧跡では祭祀が続けられた。旧源福寺境内の火葬地は、後鳥羽天皇の御火葬塚として残された。
昭和14年(1939)、後鳥羽天皇崩御700年を迎え、御火葬塚に隣接する現在地に隠岐神社が創建された。社殿の造営は翌昭和15年(1940)の紀元2600年を記念する事業として進められ、昭和14年に完成して後鳥羽天皇700年祭が執り行われた。昭和18年(1943)には県社に列せられた。
社殿には隠岐地方の建築様式を取り入れた隠岐造が用いられ、本殿、祝詞舎、拝殿、神饌所、祭器庫、神門回廊、社務所などが配置されている。隠岐神社社殿は平成9年(1997)7月10日に海士町指定有形文化財となった。
所蔵する太刀銘来国光は、仁孝天皇が佩用したとされる太刀で、昭和13年(1938)に松平直亮から奉納された。昭和38年(1963)7月2日に島根県指定有形文化財となっている。このほか、台子皆具一式や内藤伸作の狛犬なども海士町指定文化財である。
例祭では、後鳥羽天皇の御製に雅楽の曲と舞を付けた承久楽が奉納される。承久楽は海士町指定無形民俗文化財である。5年ごとの祭礼では神輿渡御が行われ、隠岐神社から後鳥羽天皇御火葬塚へ神輿が進み、御火葬塚でも舞が奉納される。
社格は旧県社。
承久3年(1221)、後鳥羽上皇は鎌倉幕府を相手に承久の乱を起こした。乱の後、上皇は隠岐へ配流され、海士にあった源福寺を行在所として暮らした。海士郡の公文などを務めていた村上氏が、身辺の警護や監視にあたったと伝えられている。
後鳥羽上皇は京都へ戻ることなく、延応元年(1239)2月22日に隠岐で崩御した。2月25日に源福寺の裏山で火葬され、その地には遺灰を納めた火葬塚が営まれた。現在も隠岐神社に隣接して後鳥羽天皇御火葬塚が残されている。
万治元年(1658)、松江藩主の松平直政が廟殿を造営した。江戸時代末期の絵図には、火葬塚の場所に後鳥羽院神社が描かれており、後鳥羽院を祀る祭祀が行われていたと伝えられている。
明治6年(1873)、後鳥羽院の御霊は大阪府三島郡島本町の水無瀬神宮へ奉遷された。翌明治7年(1874)には後鳥羽院神社が取り払われたが、その後も旧跡では祭祀が続けられた。旧源福寺境内の火葬地は、後鳥羽天皇の御火葬塚として残された。
昭和14年(1939)、後鳥羽天皇崩御700年を迎え、御火葬塚に隣接する現在地に隠岐神社が創建された。社殿の造営は翌昭和15年(1940)の紀元2600年を記念する事業として進められ、昭和14年に完成して後鳥羽天皇700年祭が執り行われた。昭和18年(1943)には県社に列せられた。
社殿には隠岐地方の建築様式を取り入れた隠岐造が用いられ、本殿、祝詞舎、拝殿、神饌所、祭器庫、神門回廊、社務所などが配置されている。隠岐神社社殿は平成9年(1997)7月10日に海士町指定有形文化財となった。
所蔵する太刀銘来国光は、仁孝天皇が佩用したとされる太刀で、昭和13年(1938)に松平直亮から奉納された。昭和38年(1963)7月2日に島根県指定有形文化財となっている。このほか、台子皆具一式や内藤伸作の狛犬なども海士町指定文化財である。
例祭では、後鳥羽天皇の御製に雅楽の曲と舞を付けた承久楽が奉納される。承久楽は海士町指定無形民俗文化財である。5年ごとの祭礼では神輿渡御が行われ、隠岐神社から後鳥羽天皇御火葬塚へ神輿が進み、御火葬塚でも舞が奉納される。
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神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
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文化財
情報募集
建築
本殿 隠岐造銅板葺
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%B2%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%B2%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
