大山神社 隠岐郡西ノ島町 - 神社ファン

有名度

前頭

大山神社

おおやまじんじゃ

島根県隠岐郡西ノ島町美田174番地

島根県隠岐郡西ノ島町美田174番地

本殿

Jerry fish tkc(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 家庭
大山神社には

「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

家内安全

御祭神

大山祇命 おおやまづみのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

三島・大山祇系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大山神社島根県隠岐郡西ノ島町美田174番地大山神社は島根県隠岐郡西ノ島町に鎮座する神社。御祭神は大山祇命の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧村社。
創建年代は不明である。大山神社は隠岐国知夫郡の式内社として伝えられ、西ノ島町美田の大津・市部区の氏神として鎮座する。『延喜式神名帳』には隠岐国知夫郡の小社として大山神社の名が記載される。『隠州神名帳』には「大山明神」と記される。
祭神は大山祇命である。神体山として焼火山を祀る信仰に関わる神社とされる。焼火山は島前西ノ島に位置し、神社はその北麓に鎮座する。江戸時代の地誌には、美田郷の大山脇にある神社として記録が残る。焼火山上の焼火神との関係に触れる記述も見られる。
鎮座地の西方約200mには、古墳時代中期から後期の祭祀遺跡とされる兵庫遺跡が所在する。水または泉に関わる祭祀の痕跡が確認されているが、大山神社との関係は不明である。平安時代後期になると、日本海水運の発達に伴い、焼火山の神は航海安全の神として崇敬を集めた。焼火山には雲上寺が開創され、修験の場として利用された。雲上寺の別当が大山神社の祢宜職を兼ねた記録が残る。
鎌倉時代には、隠岐国守護の佐々木氏が関与した文書が残る。建治2年(1276年)、佐々木泰清は僧・慈蓮に対して大山社祢宜職を安堵する下知状を発給した。建治3年(1277年)には守護代高岡宗泰が、慈蓮を御家人として扱う旨の文書を出している。正中3年(1326年)には僧蓮浄が祢宜職に補任された記録がある。
南北朝期には美多庄の支配構造の中に組み込まれる動きが見られる。建武元年(1334年)には庄内の一部が祢宜分として充てられた記録がある。応安2年(1369年)には祢宜職が公文道賢に与えられた記録が残る。この時期以降、神社に関する文書はほとんど見られなくなる。
近世には焼火山の雲上寺の支配下に置かれた状態となる。神主職は存在したが、別当である雲上寺が神社を管掌した。社領とされる土地についても雲上寺の知行とされる記録がある。「大山の神」は焼火権現を指すとする認識が広がった。
明治初年の神仏分離により雲上寺と分離された。『延喜式』の記載に基づき社名を大山神社と定め、明治5年(1872年)に村社に列した。現在の例祭日は7月13日である。4年に1度、神輿渡御が行われる。本殿は春日造の変態銅板葺である。
  • 村社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 春日造変態銅板葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E8%A5%BF%E3%83%8E%E5%B3%B6%E7%94%BA)
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/