海神社 島根県 - 神社ファン

有名度

前頭

海神社

かいじんじゃ

島根県隠岐郡西ノ島町別府409番地

島根県隠岐郡西ノ島町別府409番地

拝殿

Towacoco (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 安全
海神社には

「仕事系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

航海安全 漁業繁栄 安産

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

ワタツミ系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

地海神社は島根県隠岐郡西ノ島町に鎮座する神社。御祭神は海神二座をまつる。
社格は式内社であり、旧村社。
創建年代は確認できない。海神社は別府区の氏神として鎮座し、別府の集落において祭祀が受け継がれてきた。延長5年(927年)にまとめられた『延喜式神名帳』には、隠岐国知夫郡の式内社として「海神社 二座」の名が記載されている。現在の海神社は、この式内社に比定される論社である。鎮座地は別府港の東方、黒木御所跡の北方に位置する。西ノ島の別府は島前地域の玄関口に近い場所にあり、海神社は港に近い集落の神社として現在に至るまで残されている。
本殿の様式は隠岐造銅板葺とされる。例祭日は7月21日である。特殊神事として隔年で神輿渡御が執行され、神幸祭および船渡御祭が伝わる。これらの神事は隔年の7月21日・22日に行われるとされる。さらに秋季大祭として、10月21日に御蒸祭が行われる記録が残る。
祭神は不詳とされる。文献上の初見は元禄16年(1703年)の『島前村々神名記』であり、そこには「別府村 六社大明神」と記され、これを式内「海神社」に比定し、「志賀三社一座、住吉三社一座」を祀るとする記述がある。この内容は『延喜式神名帳』に記される二座を綿津見三神と住吉三神にあて、それぞれ三柱ずつ、計六柱を祀るとするものである。明治2年(1869年)の『島前旧社取調帳』には、九寸ほどの神像が六躯あると記録されている。
明治初年の神主の報告では、明治期まで祭神を「ワタツミノカミノヤシロフタクラ」と唱えてきたとされるが、明治5年に式内「海神社」と定められて以降は祭神不詳とされた。『島前旧社取調帳』には神像六躯とは別に紐鏡二面の存在も記録されており、この紐鏡二面が本来の「海神社 二座」の御霊代であった可能性があるとする見解がある。また古く伝えられた「ワタツミノカミノヤシロフタクラ」は少童神二座を指すとする説もあり、本来の祭神を少童神とする見解も存在する。
本殿の背後には古墳があり、境内隣接地からは黒曜石製の石鏃などが出土している。『隠州神名帳』には「従三位上 海原明神」および「従四位上 云海彦明神」の名が見え、これらのいずれかに比定される可能性が指摘されているが、近世以前の由緒および沿革については明確な記録が残っていない。
近世には六社大明神と称されたことが確認され、元禄期以降、式内社に比定されるようになった。明治5年(1872年)10月に社名を海神社に改めて村社に列し、以後は別府の氏神として現在に至るまで崇敬されている。
  • 村社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 隠岐造銅板葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E8%A5%BF%E3%83%8E%E5%B3%B6%E7%94%BA)
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/