由良比女神社 - 神社ファン

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由良比女神社

ゆらひめじんじゃ

島根県隠岐郡西ノ島町浦郷922番地

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島根県隠岐郡西ノ島町浦郷922番地

拝殿

ChiefHira(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 安全
  • 家庭
由良比女神社には

「健康系」「仕事系」「安全系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

庁

家内安全 海幸守護 海上安全 交通安全 病気平癒

御祭神

由良比女大神 ゆらひめのおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

由良比女神社は島根県隠岐郡西ノ島町に鎮座する神社。御祭神は由良比女大神の1柱をまつる。
社格は名神大社であり、隠岐国一宮、旧郷社、現在は別表神社。
創建年代は明らかではない。842年(承和9年)9月14日、『続日本後紀』には隠岐国智夫郡の由良比女命神が官社に預かったことが記され、宇受賀命神、水若酢命も同時に官社となった。
848年(承和15年)には朝廷による祈祷が行われ、877年(元慶元年)にも祈祷が行われた記録が残る。平安時代に編纂された『延喜式』神名帳には、隠岐国知夫郡の由良比女神社が名神大社として記載されている。古名を「和多須神」とする記録も残る。
『土佐日記』や『袖中抄』には「ちぶり神」の名がみえ、平安時代末期には隠岐国一宮とされた。その後は次第に衰微し、1667年(寛文7年)に松江藩士の斉藤豊宣が隠岐を巡見した際には、由良明神と呼ばれる社が小さく古びていたことを記している。社殿については1607年(慶長12年)と1692年(元禄5年)に建立された記録が残る。
1773年(安永2年)には島前13か村の庄屋が集まり、御旅祭の再興について相談した。1778年(安永7年)の「神事之時供物次第」には、9月末日の神送り神事と10月末日の神迎神事が記されている。1855年(安政2年)には、由良比女神社の祭礼を島前一統の祭りとすることが決議された。
1872年(明治5年)10月に郷社となった。1889年(明治22年)には本殿が建造され、1931年(昭和6年)には拝殿が改築された。
現在の本殿は二間社春日造変態で、向拝に唐破風を備える。大工棟梁は角谷六太郎で、1982年(昭和57年)3月7日に西ノ島町指定有形文化財に指定された。拝殿、幣殿、本殿が連なり、随神門には随神像が安置されている。
神社前の由良の浜には、由良比女大神とイカにまつわる伝承が残る。由良比女大神が海を渡る途中、海中へ垂らした手をイカが引いたため、その非礼を詫びて毎年イカが由良の浜へ寄るようになったと伝えられている。
11月29日には神帰祭が斎行される。由良比女大神が出雲からイカに乗って帰るとの伝承があり、氏子からは「烏賊寄せ祭」とも呼ばれている。
例祭日は7月28日である。大祭は現在、隔年の7月最終土曜日・日曜日に行われ、神輿を伴う海上渡御祭が営まれる。
  • 一宮(隠岐国)
  • 郷社
  • 名神大社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 春日造変態

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B1%E8%89%AF%E6%AF%94%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/