高津柿本神社 - 神社ファン

有名度

前頭

高津柿本神社

たかつかきのもとじんじゃ

島根県益田市高津町イ2612番地1

島根県益田市高津町イ2612番地1

拝殿

Srats(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
高津柿本神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

学問成就 産業成就 疫病厄除け 安産 火伏せ

御祭神

柿本人麻呂 かきのもとのひとまろこう

神社系統

この神社の主な系統は

人丸系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

高津柿本神社は島根県益田市に鎮座する神社。御祭神は柿本人麻呂の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
由緒では、柿本人麻呂命は石見国小野郷に生まれ、青年期に都へ上り、持統天皇・文武天皇の両朝に宮廷歌人として仕えたとされる。その後、石見国の役人として赴任し、鴨山で歌を残して逝去したと伝えられる。人麻呂没後、国司が勅命を奉じ、終焉地とされる鴨島に社殿を建立したことが起源とされる。さらに神亀年間(724年〜729年)には、聖武天皇の勅命により小社が建てられたとする伝承も伝わる。
万寿3年(1026年)、断層地震に伴う大津波により鴨島は海中に没したと伝えられる。この際、人麻呂の尊像は高津松崎に漂着し、地元の人々によって松崎に社殿が再建された。延宝9年(1681年)、津和野藩主亀井茲親により社殿は現在地である鴨山へ移転再建された。現在の鎮座地は高津城跡にあたる高角山で、拝殿は津和野城から参拝できるよう津和野の方向を向くと伝えられる。
本殿は島根県指定有形文化財で、昭和57年(1982年)6月18日に指定され、正徳2年(1712年)の建立とされる。建築は正面3間、側面3間の入母屋造妻入、桧皮葺で、唐破風造の向拝を備える。宝物としては、享保8年(1723年)から天保14年(1843年)にかけて奉納された御法楽御短冊6綴があり、昭和18年(1943年)10月1日に重要美術品に認定されている。祭礼としては、毎年9月1日に八朔祭が行われる。高津川河川敷では流鏑馬神事が執り行われ、神前では石見神楽が奉納される。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

正式名称

柿本神社

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%B4%A5%E6%9F%BF%E6%9C%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/