宝くじ当選など金運向上で人気の金持神社 | 金持神社 - 神社ファン

有名度

関脇

金持神社

かねもちじんじゃ

鳥取県日野郡日野町金持74番

宝くじ当選など金運向上で人気の金持神社

更新日:2025年6月27日

金持神社

金持という縁起の良い名の金持神社は金運アップのご利益が頂ける神社として有名です。全国の神社でも「金持」という名の神社はここにしかありません。
ただ金持神社は「かねもちじんじゃ」ではなく「かもちじんじゃ」とよみますのでご注意ください。
金持神社鳥居の扁額

金持神社の由来

創建の由来は、810(弘仁元)年までさかのぼります。出雲国薗妙見宮の神官の次男が、伊勢神宮参拝のため旅をしていました。道中安全にと玉石を御守にしていましたが、現在金持神社のある「金持」の地にさしかかったところ玉石の入った袋が重くなり、仕方なく玉石を置いたまま伊勢に向かいました。同じころ、現宮司である梅林家の吉郎左衛門が、「宮造りをするように」という神夢を見たことから、玉石を氏神とし神社を創建したと言われています。
金持神社参道入口
1333(元弘3)年には、この地の豪族である金持景藤(カモチカゲフジ)が、隠岐を脱出した後醍醐天皇を奉じ、討幕軍に参加し活躍しました。その際、金持景藤は金持神社に必勝を祈願し、神前に置かれていた戸帳を御旗にしたと伝えられています。
石段の上の金持神社社殿
金持神社が鎮座する地には「狩山(アサカリ)」「野谷山(ノダニ)」「平畠山(ヒラバタケ)」と3つの鉄山があり、「鉄山を持つ村=かなもち」と呼ばれていました。「かなもち」が略されて「かもち」になったと言われています。
「金持」の名を冠する村は、全国でも鳥取県日野郡にしかありません。土地は古くから「金持」でしたが、神社に「金持」の名が冠されたのは1873(明治6)年です。
金持党発祥地の碑

金運で人気の理由

日本では古くから縁起担ぎの語呂合わせがあります。例えば神社のお賽銭に5円玉を入れてご縁があるようにと参拝したり、おせち料理には黒豆(まめに暮らす)、昆布(よろこぶ)、鯛(めでたい)といった素材が並びます。これらは一種の言霊思想とも言われ、言葉には力があり、物事に影響を及ぼすとされます。おめでたい言葉だけでなく、受験のときに「滑る」や「転ぶ」といった言葉、結婚式のときに「去る」「切る」といった言葉などは忌み言葉として使うことを避けるのも言霊思想の一つと言えます。
そういった意味では金持神社が金運のご利益があると全国的に有名になるのも自然の流れです。実際に金運アップのご利益は素晴らしく、金持神社札所には実際に宝くじやギャンブルに当たった御礼の絵馬が大量に並んでいます。
当選絵馬

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