有名度
前頭出立王子
でだちおうじ
和歌山県田辺市上の山2丁目7
和歌山県田辺市上の山2丁目7

KMR(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
かんたんご利益
- 仕事
- 子供
- 安全
出立王子には
「仕事系」「子供系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
農業守護 安産 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「月読系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
出立王子は和歌山県田辺市に鎮座する神社。御祭神は月夜見神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
稲葉根王子の名は、天仁2年(1109年)の『中右記』に「伊奈波禰王子社」として見える。熊野参詣の道中に設けられた王子社の一つであり、王子谷の入口、富田川に面した場所に鎮座してきた。『熊野御幸記』にも「稲葉根王子」の名が記されている。
建仁元年(1201年)、後鳥羽上皇の熊野御幸に随行した藤原定家は、稲葉根王子に参拝している。承元4年(1210年)の記録では五体王子の一つとして扱われている。中世の熊野参詣では、稲葉根王子の近くを流れる富田川が水垢離の場とされ、参詣者はこの地で馬を降り、川で身を清めたのち、対岸の一ノ瀬王子へ向かったと伝えられる。
稲葉根王子は「稲荷王子」とも呼ばれた。王子の神は熊野本地曼荼羅において稲を背負う翁の姿で描かれている。近世には岩田村の産土神として祀られ、「岩田王子」とも呼ばれた。
大正4年(1915年)、稲葉根王子は岩田神社へ合祀され、本殿も移された。昭和31年(1956年)には旧社地へ分霊が遷され、稲葉根王子として再興された。
現在の稲葉根王子跡は和歌山県指定史跡である。旧本殿は岩田神社へ移築されており、一間社隅木入春日造で、18世紀前期の建立とされる。稲葉根王子跡は、2016年10月に世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として追加登録された。
社格は旧村社。
稲葉根王子の名は、天仁2年(1109年)の『中右記』に「伊奈波禰王子社」として見える。熊野参詣の道中に設けられた王子社の一つであり、王子谷の入口、富田川に面した場所に鎮座してきた。『熊野御幸記』にも「稲葉根王子」の名が記されている。
建仁元年(1201年)、後鳥羽上皇の熊野御幸に随行した藤原定家は、稲葉根王子に参拝している。承元4年(1210年)の記録では五体王子の一つとして扱われている。中世の熊野参詣では、稲葉根王子の近くを流れる富田川が水垢離の場とされ、参詣者はこの地で馬を降り、川で身を清めたのち、対岸の一ノ瀬王子へ向かったと伝えられる。
稲葉根王子は「稲荷王子」とも呼ばれた。王子の神は熊野本地曼荼羅において稲を背負う翁の姿で描かれている。近世には岩田村の産土神として祀られ、「岩田王子」とも呼ばれた。
大正4年(1915年)、稲葉根王子は岩田神社へ合祀され、本殿も移された。昭和31年(1956年)には旧社地へ分霊が遷され、稲葉根王子として再興された。
現在の稲葉根王子跡は和歌山県指定史跡である。旧本殿は岩田神社へ移築されており、一間社隅木入春日造で、18世紀前期の建立とされる。稲葉根王子跡は、2016年10月に世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として追加登録された。
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%8D%81%E4%B9%9D%E7%8E%8B%E5%AD%90_(%E7%94%B0%E8%BE%BA%E5%B8%82%E3%83%BB%E4%B8%8A%E5%AF%8C%E7%94%B0%E7%94%BA)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%8D%81%E4%B9%9D%E7%8E%8B%E5%AD%90_(%E7%94%B0%E8%BE%BA%E5%B8%82%E3%83%BB%E4%B8%8A%E5%AF%8C%E7%94%B0%E7%94%BA)
